もうすぐ知人の命日がやってくる。彼は私の元部下であったが、人生経験の深い年上のこともあり誰よりも私の心中を察し、いろいろ教えてもらうことが多かった。 そんな彼が突然私に自分の過去を話はじめたことがあった。 「このことは、家内にしか話したことがないのですが、私は人を殺したことがあります…。」 決して法的な罪に問われることではなかったのだが…。 話はこうだった。学校を卒業した彼は新聞社に就職し、新聞ネタを探して町に出た。百貨店で万引きを見つけ問いただすと、一流企業の重役の父を持つ女子高生で、出来心と察し警察に突き出さずに放免したのだが、その日彼が新聞社に帰ると上席から、なにかネタはないかとせっつかれたもので、万引きの話を記事にしたと言うのだ。 悲劇の報せは、記事が載って間もなく飛び込んできた。彼は女子高生が自殺したことを知った。 彼は、その直後新聞社を辞め、以来全く別の道を歩んだ。女子高生の月命日には必ず墓参りを続けた。しかし、仏壇に手を合わすことは許されず、それでも毎月通い続け、50年経ってやっと誠意が通じ故人の家のなかに入ることを許されたと言うのだ。 彼が故人の仏壇に手を合わせることができて3年後、癌を宣告され、あっという間にこの世を去った。 誰しもが、自分には重い荷を背負っている。その荷をどうして彼が私に晒したのか、その理由はいまだに分からない。 彼が逝って3回目の命日がやってくる。私は、彼の笑顔を思い出しながら、仏壇に供えてもらう花を注文するため、花屋に足を向けた。 やすらかに、眠られんことを…。 |
今日は久しぶりで顧問弁護士のオフィスを訪ねる。以前事業に行き詰った時に助けてもらった弁護士だ。この弁護士に出会う以前に違う弁護士の指導を受けていたのだが、そこで、ある時私の立場を“座して死を待つ身…。”と形容されたもので、藁をも掴む思いで知人に相談し、紹介されたのが今の弁護士である。 今の弁護士はかなり法的にギリギリの際どい手法で私を救ってくれた。なんにでも得意分野があるのだろうが、今の弁護士はそんな一線で戦える人だった。 以来、 “諦めてはいけない。探せばなにか方法がみつかる。”という言葉が私の教訓になった。自分一人で悩んで解決できないことも、自分とは違う経験と知恵の持ち主なら新しい道をみつけてくれるかも知れない。そお信じて生きている。 今日、弁護士の事務所を訪ねるということは、私の周囲に問題が発生しているということだ。だが早めに手を打っているからあまり心配はしていない。問題は早め早めに潰しておくにこしたことはない。 先人は、“坊主と医者と弁護士は親しくしておけ!”と言ったものだが、確かに医者と弁護士の助けを借りて、私は生きながらえている。しかしながら私の父が坊主と大喧嘩して絶縁されたもので、坊主にはあまり縁がない。 これを機会久しぶりに寺を訪ねてみるか…。いや、やっぱり止めておこう。今以上の問題は起こりそうにないし…。 あなたも、普段から自分と同じレベルの友人だけではなく、プロフェッショナルな人と親しく交流されておくことをお勧めする。 あなたの道は必ず開けるだろう…。 |
日本刀に興味があり収集している人は、怪しく光る輝きや焼き入れによってできた文様の美しさに魅せられ、より美しい刀を手に入れようとし、自分のものとなれば毎日取り出してみては手入れをするだろう。 刀に興味のない人が自分の家に、どんなに名の通った刀鍛冶が作った名刀があったとしても、倉庫の奥にしまわれ、錆びさせてしまう。 じつは、私の家にも祖父が手をかけていた刀が数本ある。しかし戦争を体験した父は刀の手入れをせず、従って私にその嗜みを伝えなかった。40年前、私は父に内緒で友人に刀を見せたことがある。私以上に刀剣の見識のない友人は、静止する暇もなく、興味本位で刃先の部分を親指と人差し指でつまんだ。人の脂が錆のもとになると知っていた私は思わず冷や汗をかいたが、手入れの方法を知らない私はそのまま箱のなかにしまいこんだ。 それ以来誰もその刀を見ていない。 今でも刀の錆びが気にかかる。私の人生のなかの忘れられない小さな汚点である。 父が逝って8年が経つ。近いうち取り出して確かめてみたいと思う。 そして、その時に手入れの方法を覚えるか、手放すか考えてみたいと思う。 物は興味のないものが持って手をかけずにいたら、ゴミ同然に違いない。 物を生かすも殺すも、持つ人のものへの思いによって変わるのだろう。 私から離れて行ったものたちが、誰か素敵な人のもとで輝きを取り戻せたと信じたい。 |
昨日私の知人から、就職が決まったと言うメールが届いた。 歯科医の彼女は一昨年の年末で勤めていた医院を止め、昨年1年間を全く働かず…、46才まで独身で一生懸命働いた蓄えを切り崩して、それまで働いてきたことのうっぷんを晴らすように、1年間で海外旅行に4回もでかけるような日々を過ごしていた。もしかしたら私の知るすべのない人生をリセットしたい理由があったのだろうか…。 年の初めに、彼女から今年は仕事に復帰するとの意思を聞かされた。そして1週間ほど前に二つの医院の面接を受け、どちら受からないだろうと言う弱気な発言も聞かされた。 その時私は彼女に「きっとうまくいくよ!」と囁いた。 この言葉は決して気休めのつもりで言ったのではない。私は預言者や占い師ではないから、この度の面接に受かるだろうと言ったのではない。 私は、彼女にこう続けた。 「もし今回受からなくても、最終的にそのことが将来のあなたにとってベターな結果になると思うよ。」 彼女は、一瞬ほっとした表情を見せた。 昨日は、いっぱい運が良いことがあった。 ・車を運転していて、信号がスムースに変わった。 ・家具を買いに行ってレジでの清算時に会員証の提示を求められ、そのおかげで思いもよらぬ10%の割引をしてもらった。 ・氏神様に行って正月に求め損ねた干支の置物を買おうとしたら、宮司から「日頃よくしていただいているから、お金はいらないですよ。」とただで渡された。 ・リクルート中の歯医者から面接に通ったと連絡が入った。 ・会社の帰りにスーパーに寄って鰯を買おうと思い、店に入るなりスタッフに直行で売り場に案内してもらったら、最後の鰯のワンパックを購入することができた。 運が良いことって…気持ちの持ちようで、現象をきっかけに運が良いと思うことだと思う。それなら、経験するいろいろなことに感謝・感激して生きていたいものだ。 よく考えたら、昨日運が悪いと思えることもいっぱいあった。運が悪い事って…気持ちの持ちようで、現象をきっかけに運が悪いと思う事だと思う。それなら、悪いことも未来の自分の人生に必要なことだと思いたいものだ。そうすれば悪いことだと思わなくなるに違いない。 自分の人生で、前向きに楽しい事をいっぱい感じて思って、幸せな人生を手繰り寄せたいと思う。 |
朝の散歩のときにすれ違う写真館のおじさんがいる。彼は毎朝、自分で歩けなくなったゴールデンレドリバーの老犬を手作りの台車に乗せ、公園まで排便をさせに行っていた。昨年秋のある朝から通いなれた道を一人で新聞配達所まで行きスポーツ紙を買って帰る彼の姿を見るようになった。老犬が死んでしまったことを悟った。 私は今の家に越してきて7年になるが、当時は老犬も彼の横を自分の足で散歩していたことを覚えている。昔からこの町に住んでいる古参の住人に聞いてみると、25年近く前から飼われていたと聞く。犬としては、稀に見る長生きだった。 事故にあい歩けなくなったのか老衰のためなのか分からないが台車を押して散歩する彼らの姿はいまだに老いた愛犬へのほのぼのとした労りの光景として私の脳裏に焼き付いている。 今朝新聞を買いに行く彼とすれ違った時…、彼は私の連れている犬をじっとみつめていた。死んでしまった愛犬を思い出していたのだろうか…。 私と共に散歩する今年で17才を迎える、やはり老いたトイプードルを見ながら、写真館のおじさんが、二度と犬を連れ沿って歩くことはないと思った。 私が最後をみとってやれない動物は、これからは自分の責任において、いっしょに過ごす時間を持たないようにしようと思った。 |
昨日の午後に開かれた知り合いのレストランで行われた牡蠣パーティ―に誘われたが、昼間時間をとれず参加できなかったので、シェフに無理やりお願いしてディナータイムに同じものを出してもらった。 日曜日の夜ということもあり、店は私たちの貸切となった。 出された牡蠣は広島の川崎健さんが作るプリプリのブランド牡蠣で、生牡蠣、牡蠣のコキール、牡蠣の燻製、メインはパセリで包み込んだ羊のロースト、そしてデザートは甘いものを止めてチーズに変えてもらった。 私は、以前牡蠣にあたったことがあり、少し臆病なところがあったのだが、この度は牡蠣本来のおいしさを思い知る一夜となった。 もうなにも胃袋に入らない大満足の状態で店を出た。 昨日の幸せの余韻をひしひしと感じていた今日の昼…、主治医から電話が入り、この間採血した検査結果で、ワーファリンの効きが悪くなっているから薬の量を増やすので来院するように言われた。 幸せはいつまでも続かない。辛いこともいつまでも続かない。なにが起こるか分からない。人生何が起こるか分からない なにかが起こる前に明日病院に行こうと思う。薬の量が増えることは痛く残念であるが、もう少し生きていたいから…、油断しないで、できることはやっておこうと思う。 |
午前中に会社の近くの主治医の医院に行き、血液検査の説明を受けた。尿酸値と血液の活性を表すプロトロンビンが上昇していることが問題だと指摘された。 前回の検査ですべての数値が良かったのでワーファリンの量を減らしてもらった。その際普段の水分摂取量を多くするように言われたが、正直言ってこのところ、全く意識しない生活を送っていた。 そして昨年末から1月にかけて宴会が続き、パーティー料理を食べる機会が続いたものだから尿酸値が上がって当然ともいえる。そのなかで、ほとんどアルコールを避けてソフトドリンクで凌いでいたことが救いのようだ。肝臓含む内臓そしてコレステロール値は逆に改善していた。 血液検査は正直だ。普段の生活態度がそのまま数値として表れる。 皆さんも是非、定期的に検査してください。数字は嘘をつかない…? 人生なにが起こるか分からないが、事前に察知できることは手を打っておきたいものだ。 主治医は私に「大変申し訳ないが、薬を増やします。」と言った。 そして私は「先生に謝られる筋ではないことは、良く分かっています。」と答えた。 二人の会話を聞いて、看護師が笑っていた。 だれかが謝ってくれたら救われる。 だが、自分に関する全責任は自分にあることを肝に銘じて、今から節制しようと思う。 |
今日から我が町に、アフリカ人が30名やってきた。会社の近くの大学で歓迎会があり、私も誘われていたが、昨日身内に突然足が動かなくなった人がいたもので、見舞いに行くためキャンセルした。来賓者のなかには、スラムドッグミリオネアの原作者もいたようで残念だ。 アフリカ人達は、中央部の後進国の7か国から選抜された将来自分の国を背負って立つエリート達である。 現在は、世界の生産拠点は、中国、韓国を中心としたアジアであるが、近い将来インドそして、アフリカの後進国へと生産拠点の拡大と消費拡大が起こることを見越しての日本財界のコネクション作りの目論見が見て取れる。 アフリカ人達は昼食に1000円の現金を支給されるそうだが、彼らにとって、それは凄い大金のようで、スーパーで野菜や豆を買って自炊し、ほとんど使わずに現金を持って帰ることになると聞いた。 そんな話を聞くと、いかに自分たちが贅沢に日々過ごしているかと思う。尿酸値が高いなんてとんでもない。明日から、さらに節制し、食べ物に感謝して生きていきたいと思った。 |
今日の昼、仕事の合間を縫って久しぶりにギター教室に行った。3週間ぶりだ。こんなに、間が開いたのは習い始めて1年半で初めてである。実は弾きたかった曲“アルハンブラの思い出”が弾けるようになり、少し緊張の糸が解け練習意欲が低下していた。次の目標曲“カバティーナ”に向かっていく気力が生まれてこなかった。 そんな私の気持ちを悟ってか…、先生は今日たった20分間の手写しによる指導で“アメージング・グレイス”を伝授した。(手写しと言うのは楽譜なしに、抑える指の形と弾く指の形を見せて教えるということ。) 目標を失った生徒が教室を去っていくという現実を良く知っている先生は、私の気持ちがギターから離れないようにカンフル剤を打ったに違いない。 確かに私は楽しくなって、また練習する意欲が湧いてきた。 ギター教師としての先生の懐の深さを感じた。 人になにかを伝えるためには、引出が多いほうがいいに違いない。 何事にも深く入り込まない私は、やはり、他人に何かを教える役目には向いてないと再認識した。 先生の思惑にはまった私は“アメージング・グレイス”を次回のレッスンまでに徹底的に練習するだろう…。 |
私より10才以上若いIT関連の仕事をする優秀な友人がいる。彼とは震災の後に知り合ったからもう17年の付き合いになるだろうか…。 インターネットが情報伝達の手段として一般人に注目を集めるようになったのが、ちょうど震災後だったように思う。震災の前後にITで富を築いた多くの人達が彼からITの将来についての教えを受け、六本木ヒルズに移り住んだ。 彼は、幾つかのIT関係の特許を取得していて、海外を含む世界的な企業と契約しており、いわゆる特許料が自然に口座に入ってくるという生活を送っている。 そんな雲の上のような存在だが、奢ることなくあくまでも普通の人として私の町で生活している。 そんな彼が、つい最近彼のfacebookに自分の好きな言葉として次の言葉を投稿していた。 『立ち止まってしまう人へ。頭で正解を探すのではなく。足でできることを探してみるのがいい。』 忙しくて眠る暇もないと言いつつ、自分の目の前に起こるすべてのことを勢力的にこなしていく彼は、失敗を恐れて足踏みすれば、何も得られないことを良く知っている。成功するためには動きながら答えを求めていくことが大切だということを知っている。 きっと、考えこんでいる人は、大きなものは手に入れられないに違いない。 彼を見ていると、私は馬鹿なのに、彼より考え悩む人生を送っていることに気が付く。 私は、今から彼のような前のめりに歩む人生を生きようとは思わないが、友人として彼がこれからも成長していくことを心から祈りたい。 |