ギターの先生に、前回私がちゃかした答えをして、先生の真意を聞き損ねたことを尋ねてみた。 “もし無人島に行くことになり、なにか三つのモノしか持っていけなかったら何を持っていくか?”と言う先生の質問に私が“女3人”と答えた件だが… 以前先生の弟子が先生にこの質問をしたそうで…、先生がギターを持っていくと言わなかったのでホッとしたというやりとりがあったらしい。 その弟子は、他にもう一人のギターの先生がいて、その人に同じ質問をしたら、すぐさまギターを持っていくと答えたらしい。その答えに生徒はがっかりしたと言うのだ。 生徒は、この質問には仏教の教えがあり、誰もいない状況に置かれた時には、ギターは必要ない…と答えるほうが正しいと話したらしいのだが、詳しい理由は先生も覚えていなかった。 先生の話を聞いて、私は“じゃー私の答えは、イスラムの教えですね。”と答えた。 先生は“どおして?”と、聞き返した。 “一夫多妻はイスラム教でしょ…。” 先生と私の話は、仏教とイスラム教の教えに触れていた。 壮大な会話が小さなギター教室で生まれていた…。 |
私の町に数年前から“町の活性化検討会”という集まりがあり、私も参加してきたが、これまでの会合での意見の擦り合わせの結果、本年7月から“○○町のいいはなし発掘隊”を歴史学者・住人・商業者・行政を巻き込んで組織化しようとするムーブメントが動きはじめる。そして町に関わる歴史・文化・暮らしに関する情報をとりまとめ一般にそして将来に伝えて行こうというわけだ。 私は、そこで事務局を任されることになりそうだ。いつもなら表だって行動することは(特に商業的活動)避けているが、このたびの活動の趣旨は非常に文化的であり、歴史学者との交流も深まり、未来に歴史小説を書こうとする私にとって捨てがたい興味があるため引き受けようと思っている。 しかし、あまり大声では言わないが、町が活性化するか否かは、私にはあまり興味がない。 ただ、町の活性化のためには、そこに関わる利益の異なるすべての人々(住人・学者・商業者・文化人・教育者・行政)にとって、町に対する最大公約数的目標が必要であり、その目標は“自分たちの町を誇れる町にしよう”と言う呼びかけ以外に私は思いつかない。 その点、この度のムーブメントのまず歴史をしっかりと認識しようとする順番は正しいと思う。 現在世の中に溢れる、新しく人工的に立ち上げた町が20年後に目標を失い衰退する様子をつぶさに見るにつけ、私の関わる町は、歴史的資産を有する点ではるかに将来の可能性をもっている。 さて、どこまで力を尽くせるだろうか…。 どこまで馬鹿になれるだろうか…? |
昨日音響の知人が突然訪ねてきて、私にコピーを頼んだCDがパソコンでしか見ることできず、自分もコピーを納品した先もまだ一度も見たことがないから、DVDプレヤーで見ることができるようにしてくれと少し怒って詰め寄ってきた。その映像はあるシャンソン歌手のコンサート動画であり、すでに2年前ほど前の話である。 私に渡した見積もりにはDVD作成費となっていて、その分の費用は払っているから何とかしろ…とクレームととらえて、えらく不服そうに言うのだが、当時の記憶を探ってみると私がCDを渡す時にパソコンでしか見ることができないことを話したように思い、そのことを伝えると、えらく不機嫌そうに“じゃー自分でやる!”と吐き捨てて帰って行った。 寝耳に水の話である。私の記憶のなかではコピーは私の息子に任せたように思う。費用も私が受け取ったわけではない。時間が経過しすぎて不確かなことが多い。 私より15才年上の音響の知人とは長い付き合いで、先ほどのやりとりでの不穏な胸騒ぎを押さえたくて電話したが…出ない。 とうとう彼の事務所まで押しかけて話をした。 “謝りにきた。先ほどの私の受け答えは良くなかったと思う。ただ私は嘘を言っているわけではなく、あなたが嘘を言っているとは思わない。時間が経って不確かなことがあり、その当時の真偽を今からどうこう言っても仕方ないことだと思う。それより今私が何をすべきかを考えて、息子に連絡して焼き直しができるか確かめたら画質は悪くなるけどできると言ってるので、渡したコピーをもらって帰る。あなたとの関係を今まで通り続けたいと思うから、今、謝る。” 私がこれだけ言っても、まだ違う話を持ち出して私の非を突こうとしたが、すべてうまく答えたもので話すことが無くなって大人しくなった。この場に違う話を持ちだすなよな…私が丸く収めようとしているのに…。 私は、他人に謝らないと言う欧米人ではない。時と場合によって、どうして自分が謝らないといけないかと思いながら頭を下げることのある日本人だ。 まったく、みんな子供なんだから…。 |
今日、小学生の時の親しかった同級生から電話があり、明日同じ同級生のライブがあるから、いっしょに行かないかと誘われた。その同級生が思い出せない。従ってどんな音楽ジャンルか全くわからない。 ライブより友人に会いたくて…“行く”と答えた。 今日、6年前に私が事業継続を断念した会社に最後まで残ってくれた女性社員から、この秋に結婚すると電話が入った。彼女は、いつも私の経営していた会社が今まで働いた会社のなかで一番好きだと言ってくれる。有難いと思う気持ちと継続できなかった後悔が蘇る。 彼女と明日の昼に会うことになった。結婚式にはできるだけのことをしてあげたい。 先ほど、昨夜行われた会議で私にお叱りの言葉を放った町のボスから、facebookで友人リクエストが届き承認した。 明日、自分の考えを整理してメールで伝えておこうと思う。 みんな、私のことを覚えていてくれる。 有難いことだ。 これからも、彼らを裏切らずに生きていきたい。 |
“釦のかけ違い”とはよく言ったもので、世の中にはよくあることだと思うが、結局同じシャツやブラウスを着るうえでのちょっとした間違いであって…、一度全部外して最初からやり直せば、問題が問題ではなかったことに気付くものだが…。 かけ違いというものは、第三者の目で見ると明らかにおかしなことなのに自分では気が付かないことが多く、他人の目が先に気付いていたと分かると恥ずかしくて自分の非を棚に上げて誰かのせいにしたくなる。 たかが釦とホールの間の簡単な問題が他人の目を気にすると引くに引けない大問題に発展する…なんてことになるんだろう。 権益を表立てて戦争が起こることは理解できるが、私の常識では考えられない宗教戦争なんてものは、私の神が正しく、お前の神は偽物だと言ってるわけで…私の神が強くて、お前の神は弱いと両者が言い合っているわけで…。 第三者の私にすれば、どっちもどっちだと思うし、もともと神は同じじゃーないの…と、言いたいけれど、敵を作りたくないノンポリの私としては、公の場で“宗教の話・応援する野球チームの話・支持政党の話・天気の話?”をするなと言うから、この話はここだけにしておこう。 今日私は、町のボスと行政担当者の間に入って、ボタンの掛け違いを修正しようと奔走した。 先ずは両者の言っていることが互いに間違いではなく、どちらも正しいのだと考える事が原則である。そこからスタートし直して一つの着物をうまく着るためにはじめよう…と伝えることができたなら、うまくいくと思うのだけれど…、それこそ、そうはうまく事が運ばないのが世の常か…。 間に入っている私だが、例え事前工作がうまくいかなくても、自分ががっくりこないように、心の覚悟だけはしておこうと思う。 私は弁護士ではないし…。私の権益には関係ないし…。 |
私が社会人になった年に小・中学生の友人が車のセールスマンになって訪ねて来たことがあり、その時久しぶりに出会えて嬉しいと思う気持ちと、その反面営業も兼ねていることが見えたので打ち解けて話が出来なかったことを覚えている。 当時、私は車に乗っておらず、乗る予定もなく、彼の期待に応えられそうにない私は、特に彼を避けたと言うことはないが、先日開かれた小学校のクラス会までの35年間連絡不通の日々を過ごした。 その間、中学生の時に洪水で両親を同時に亡くし、妹とともに祖父母に引き取られ、苦学の末、セールスの道を進んだ彼の思いに添えなかったことが心のどこかに、ひっかかっていたのだが、クラス会での再会を機に話ができ、独立して車の販売を手掛けている彼に来週の月曜日に出会い提案を受けることになった。 私の心のなかの、もやもやとしたものが、また一つ消えて行きそうだ。 人生には、取り返しのつかないことも多々あるが、できることは、少し止って振り返ったりしながら、取り返せる思い残しを修正しつつ、これからの残りの人生を生きていきたい。 それにしても、最近急に学生の頃の同級生に会う機会が多くなった。 この年になると、みんな子供の頃を懐かしく思うのだろうか…? |
今日の午後、当てもなくドライブに出た。ひたすら海を目指して走った。埋立地らしい平地を抜けると延々と続く堤防に先を阻まれた。そのため向こうに広がる大阪湾は望めなかった。 堤防の切れ目にある駐車場の入口の満車看板の前に順番待ちの車が何台も並んでいた。車を置いて数m歩けば海を見ることができたのかも知れないが、待つことが苦手な私は彼らを横目で見ながら、埋立地の一戸建ての住居群の間を抜ける陸地へと進路を変えた。 堤防の高さを越える津波がきたらこの町はどうなってしまうのだろう…と考えた。 運河を渡る橋の下を、何艘かのプレジャーボートが疾走していた。バブルの時に私はクルーザーに乗っていた。もちろん当時は、船舶免許を持っていた。しかし更新しなかったから失効してしまっている。ふと当時のバブリーな生活を思い出した。 もう船を操縦することもないだろうから…改めて免許をとることもなかろう…と、思った。 しばらく走ると、車中のラジオの音と車外の音が同調していることに気が付いた。目の前に甲子園球場が見えてきた。考えればこの球場には小学生以来、半世紀足を踏み入れずに過ごしてきた。 私は、阪神ファンである。しかし熱狂的ではない。私は太鼓やラッパを鳴らしての応援とか、みんなで風船を飛ばすことがあまり好きではない。静寂のなかで白球がバットに当たる乾いた音や選手の息遣いを聞きたいと思うからだ。 しかし、これは阪神ファンには叶わぬ願いかもしれない。 球場の横を、ラジオを消して通り過ぎた。 喉を潤すためにマダムの店へ向かった。 マダムの店では薔薇ジュースを飲んだ。薔薇ジュースは食用の薔薇の花びらから抽出したエキスを水で割ってジュースにしたもので、おまけに今日は特別に花びらを一枚グラスに入れてもらった。 ジュースを飲みほした後で、花びらを口のなかに入れた。 なんてことのない、平凡な一日がもうすぐ終わろうとしている。 今日は、早めに眠りにつこう…。 |