最近、自分のまわりの流れが見えていて、これからの私に必要なものが私の近くにあることがよく分かる。体調の悪い時や、落ち込んでいる時、恋をしてる時なんて、先ず自分自身のことが分からなくなるし、周囲の人たちが手を差し伸べてくれていることさえも分からなくなってしまうものだから…、きっと私は今、絶好調だと思う。 例え話を考えてみた。自分の目の前に川が流れていて、川上から桶に入ったおにぎりが流れてくる・・・でも、心が騒いでいて、余裕のない自分は、目を開けて前を見ているのだが、桶のなかになにが入っているかを理解できない。そして知ろうとしない。お腹がすいていて、倒れてしまいそうなのに…、おにぎりを食べれば元気になるのに・・・、手を差し出すことができない。 自分の目の前には、自分が生きていくため・・・そして成長するために必要なものが詰まった桶が流れているように思う。だからおにぎりまでは見えなくても桶が近づいてくることに気がついた時点で手を差し出してみることは、世の中を生き抜くためのテクニックの一つであるに違いない。そう思うと、目の前の川に桶がいっぱい流れていると信じていたい。 そして、目の前に置かれているおにぎりも、他人から差し出されたおにぎりも、自分の手を伸ばさない限りお腹のなかには入らない。自分の人生は、全てにおいて自分の責任をもってしか進まない・・・と言う自己責任の論理を強く持っているほうが、前に進んでいけるように思う。 さらに前進しようとする自分への戒めのために…思う。 |