先週“バトルシップ”を観た。予想どおり最近観た映画のなかでは際立って良かった。 なにしろ頭を使わなくて済むのが良い。“くるぞ!くるぞ!”と思うと予想通りに展開し“やっぱり来たか!”と…なる。“ギャー”と叫びたくなるような脅しがない。例え、とんでもないシーンが出てきても“そんなアホな!”の一言で終わる。後であれこれ思い巡らせることのないハッピーエンド…。この手の映画大好きです。 そこで、元デザイン会社の経営者で、元神官で、東京オリンピックの国立競技場での開会式の時にライフル射撃の現場スタッフで参加していた元自衛官(80才を越えている)の知人にストーリーのさわりを話してみた。彼はお宅とは言わないが各国軍隊の装備についてとても詳しい。日本が敗戦調印した戦艦ミズリーもこの映画に登場することだから、きっと楽しんでくれると思って勧めてみたら。案の定行く気になって昨日観に行ってくれた。しかし残念ながら一昨日で近隣映画館はすべて上映を止めており他の映画を観て帰ってきたと、今日…聞いた。なんと一ヶ月続かなかった。 “テルマエ・ロマエ”は、観ていないからダメな映画とは言わないけれど、なんで、ユニバーサル映画100周年記念作品が“テルマエ・ロマエ”に負けてるんだろう? ブランド志向の日本人は、お気に入りの有名人が出演していないと興味を示さないのだろうか…?浅野忠信…一人だけじゃー役不足と言うことなんだろうか? ともかく、私が観に行く映画はことごとく上映期間が短い。 配給会社にとっては、私の興味のない映画作りしたほうが、儲かるかもしれん。 まぁー客席は空いていいけど…。 |
朝散歩をしていると、横断歩道で登校中の生徒に誘導と挨拶をする小学校の校長か教頭らしきらしき人が立っていた。 彼の姿は何度もみかけたことがある。彼は小学生だけでなく横を通り過ぎるすべての大人や中学生にも“おはようございます”と大きな声をあげている。もちろん今朝…、私も大きな声で“おはようございます”と、答えた。 彼は、ある中学生の一団に向かって、様子を伺いながら…“おはようございます”と声をかけた。しかし、誰も返事を返さない。返事したのかも知れないが、私には聞こえなかった。その中学生の校門の前では、やはり中学の校長か教頭が立っていて、“おはようございます”と挨拶している。中学生の一団も、校区が同じだから小学校の先生の顔は見知っているだろうに…、卒業したら無視するのが常識とでも言うのだろうか?挨拶は、自分にとって有益な直属の先輩や教師だけにすればよいと教えられたのか? 考えれば校長も、自分が校長だと知られないところでは、誰彼なしに“おはようございます”と言わんだろうに… そこのところを子供は見透かしてしまうのだろう。大人には、表と裏がある…と。 山で出会った人には見知らぬ人でも、挨拶するのが常識だが、これは誰もいないところで知らない人に出会った場合に反応をみて相手がどんな人物か見極めるためには効果的だと思う。 もちろん私も挨拶は人間関係を築く上で大切な常識だと思う。だが単純に習慣付けすべきではなく、大切だからこそ、もっとデリケートな扱いが必要に思う。 何故、自から挨拶することが大切なのか…お互い気持ちよくなるために…、相手の人間性を見極めるために…、上席に敬意を払うために…、そしてどの範囲で声をかけるべきなのか…、挨拶しないほうがいい場所とか時とかもあるとか… もっと実戦的に教えることはできないのだろうか…子供たちに見透かされないように…。 |
竜巻で、亡くなる人がいる。 夜行バスに乗って、眠っているうちに激突して命を失う人がいる。 暴走してきた車に後ろから跳ねられて死ぬ人がいる。 津波に襲われて息絶える人がいる。 地震で倒壊した建物に押しつぶされて死ぬ人がいる。 沢山の前例があるのに… 多くの人は、自分にはそんな突然の死は訪れないと考えている。 予期せぬ死がやってくることは、起こりうることなのに…。 次は自分の番かも知れない…と、私は思っている。 だから言うが…次は、あなたかも知れない。 今を、楽しくすごさなくちゃー くよくよせずに、前を向いているほうが良い。 いつでも、生きている幸せを実感していたい。 |
先日父の位牌に手を合わせるために訪ねて来た遠い親戚との出会いをきっかけに、35年前に一度だけお会いしたことのある空手家の彼女の父親のことを思い出した。 私より身長は低く、ずんぐりしていて、たいそう体重があるように見えた。 格闘家は素早く動くためにスリムでシャープなものだと思っていた私は、穏やかな物腰で、優しいまなざしの彼女の父親が当時すでにユーラシア大陸と北アフリカの格闘家のなかで“偉大なる空手家”として名声を馳せた著明人だとは思えなかった。 私が質問する前に“体のでかい欧米人と戦うためには、体重がないと飛ばされてしまう。要は体重が重くても動ける体を作れるかどうかなんだ…。” “日本は湿度が高くて住みにくい。もう帰るつもりはない。”と、言っていたが…そのとおり…数年前にパリの自宅で亡くなった。 ネットで探してみると、外国での指導風景の数々の映像とともに、偉大なる空手家の死を悼んでフランス人の手によって作成された長編の追悼映像が見つかった。 そこに登場する格闘家の眼差しを見て、全てを射ぬく鷹の目を持った人物であったと知った。 戦闘空手の師範は各国の軍関係者との関係が深く、ここで名前をあげられないが多くの要人との交流があったと聞く。世界を舞台に戦い続けた偉大なる格闘家は、当時、世の中のことをまるで知らなかった、ひよっこの私を、穏やかな眼差しの奥で、どのように見ていたのだろうか? 改めて偉大なる格闘家のご冥福を祈りたい… |
亡くなった父の旧制中学時代の同級生に…優秀な弁護士がいる。二人は自他ともに認める無二の親友であった。 その人には一男一女の子供がいて、長男と私は小学生の時には同じ学校でクラスも同じになったことがあった。 そしてその長男と私の兄は同じ会社に就職し、年月を経て今では二人とも、それぞれ関連会社の社長になった。 私は数年前に救急車で運ばれ日赤で手術をした。以後半年に一度検査のために通院している。前回の検査の時、病院の会計待合で弁護士に出会った。私より数年前にほぼ私と同じ病気で同じ病院で手術したと知った。 ギターの先生のコンサートがあり、私がカメラマンとして会場で写真を撮っていたら、弁護士の奥さんから声をかけられた。奥さんも同じギターの先生に習っていたことが分かった。 不思議な縁のある家族である。 会社がうまくいかなくなった時、父の友人の弁護士に相談し、ある法的申し立てをもって、生き残りを計ろうとした。その後状況が変わり、弁護士からギブアップを宣告された。 結局、父の友人から離れ、別の弁護士に依頼して難局を切り抜けた。 それ以来、その父の友人と話をする機会はない。 それでも、私の父との関係を大切にしたくて、中元歳暮の品は欠かさず送っている。 先日の小学校4年時の同窓会で弁護士の長男に40年ぶりに出会った。父親が1週間に一度だけ、特に仕事するでもなく事務所に出ているが、ほとんど家で過ごしていると聞いた。冗談めかして“もうすぐ死ぬから、君が会いに行ったら喜ぶよ!”と、言われた。 訪ねてみようかしら…と、今思っている。 |
現代の都市には、至る所に直線が見える。ほとんど直線でできている…と言っていい。 人間が動物に近かった頃やそれ以前には、世界に直線は存在しなかった。正確に言えば、自然界のなかには今の人間が作り出す直線よりも、もっと精度の高い直線があったかも知れない。例えば洞窟に差し込む“光”とか、鉱物の結晶のなかに…。 人間が直線を何故生み出したかを考えてみた。獲物を射るため、空気抵抗を減らし、より遠くに正確に到達するための矢や槍が必要だったからではないだろうか?次に人間は神々の領域に近づくために建物を天へと積み上げた。その時に建物本体にかかる重量を地面に効率よく伝えるために柱を直線で作るが必要があったのではなかろうか…極めて合理的に? 都市を歩くと、人間が作りだした直線で溢れている。 山の中を歩くと直線など一つも見当たらない。 人は、どうして自然のなかに入るとリフレッシュするのだろうか? 本来都市は、人間の活動すべきところではないのではないか? そこのところに、テーマをもつ設計家には興味がある。 直線に頼らずに構造物を作ることのできる技術が発展した今だからこそ… 居心地の良い都市空間が生まれてくると予感する。 |
子供の頃、一人で寝るのが恐かった頃…。明かりを消して横を向いて寝ていると、何者かが近づいてくる“ザクッ、ザクッ、ザクッ”と言う足音が、いつも聞こえてきて恐かった。母親にそのことを言うと“気のせいだから…、なにも来ないわよ!”と、軽く受け流された。 その足音が、自分の額の側部を通る静脈の脈打つ音だと気が付いたのは、しばらく経ってからのことだった。 私たちは知ってしまえば、どうってことないことでも、無知ゆえに怯えることがある。 数年前、会社がたちゆかなくなったとったとき…、毎日、頭のなかで自問自答した。“どうしたらいいんだろう?”“解決策がみつからない。”“どうしたらいいんだろう?” 家族に保険金を残そうと自殺を考えたこともあった。 そのうちに、ストレスがどんどん溜まって、限界を越えた時に、病気で本当に死にかけ…そうこうするうちに、自分の内で死ぬってどういう事か…生きるってどういう事か…分かってきた。今でもその時に思ったことが、正しいと信じている。 今では、そこまで気が付くために、それまでの人生があったことが良く分かる。そう思うと自分の人生に無駄なものがないことに気が付く。 私には、もう死は未知のものではなく理解の範囲内であり、人生は常に今の自分を作るためにあり、感謝すべきものである。 もう、夜中に足音の聞こえなくなった私は、私の耳元でそっと囁いてくれる神のいないことも知っている。 |