人間の脳は、普段その能力の一部しか活動していない・・・と脳学者は言うけど、それは本当のことだと思う。サバーン症候群の人たちは、一度見た風景を写真以上の精度で再現できたり、交響曲を一度聞いただけで写譜したり・・・この偉大な能力が、突然変異でその人だけに与えられたものであると考えるより、全ての人間がその能力を持っているが、なにものかの意図があって、能力をフル稼働させないリミッターが装着されている・・・と考える方が納得できる。 車で言うリミッターというものは、暴走を防ぐために付けられているわけで、運転技術のない初心者がスピードの出しすぎで事故を起こしたり、エンジンの回転が上がりすぎて爆発してしまうことを避ける役目をもっている訳だが、きっと人間も現在持っている肉体は、全開した頭脳に対応できるだけの能力を備えていないのだろうと思う。やはり脳(心か?)は偉大なる力(すべて)と結びついていて、この世界のなかで敢えて不完全な人間という箱舟にのって、悩み、苦しみ、喜び、泣き、笑い、挫折を経験し、悟る・・・という旅に出ているような気がする。 |
近くに出雲大社の神官だった人がいて話をした。神官は以前は死ぬまで神官のままでいられたそうだが、世の中も変わり20世紀晩年に神に仕える身でも停年退職の仕組みができて今は駐車場の管理員さんをしている。神道のことは、あまり分からなかったが、その人の話を聞くと神道とはキリスト教や仏教のように教義というものがなく、古事記や日本書紀のような古典文学の神話を基に森羅万象(すべてのもの)に神が宿るという考えだそうだ。昨日も書いたが“うまく生きる”ための人生の公式を教える宗教の教義というものに、あまり必要性を感じない私には、自然(すべてのもの)と向き合って一体を感じ悟りを自ら開こうとする神道に興味が沸いてきた。ある意味、究極の宗教という考え方も理解できる。 私は、“生き方を教えられた者“と“生き方を知らない者”との間に意図的に差を生み出すような教義に頼らず、日々の生活の気づきのなかで、全てのものと一体を感じながら自分自身の公式を作っていきたいと思っている。 明日も氏神様を訪ねて、その思いを確認しよう・・・ |
私の日課は 1)朝の散歩 2)朝の体操(ストレッチ・リンパ・体幹等) 3)血圧・心拍・体重測定と記録 4)夜の体操 5)夜の体重測定 6)最近はこの日記への書き込み等であるが、実は1)の途中にもう一つ、私にとって重要な日課があって・・・それは“感謝の時間”である。先ずこの世界の創造者?への感謝、次に擬人化された神仏への感謝、次にご先祖への感謝、次に家族への感謝、次にあなたへの感謝、次に氏神様と土地の主への感謝、次に過去に私が関わった人たちをグループごとに(沢山の人がいるのでグループごとに毎日ローテーションしている)感謝する時間をもっている。感謝の対象と順番は、何年もかかって今日のようになった。(まだ感謝の後があるのだが、このくらいにしておく。) 感謝の対象となる人のなかには、私に敵意を持った人、ストレスを与えた人、私から去っていった人も含まれる。 なぜ“感謝の時間”を持つようになったか説明するのは難しいが・・・この時間をもつことで、自分自身が孤立した存在ではなく、大きな(すべての)ものの一部であり、それらに繋がっていると確認できていることは確かだと思う。 これが、生きる答えを具現化する人生の公式の一つだと・・・私は思っている。 |
数学には公式があって、その公式を知っていれば誰もが同じ答えを導くことができる。だがその公式がどうしてできたかまで理解している人は少ない。人生にも公式というものがあって、なぜそうなるのかよく分からなくても、そうすれば答えに到達することができる・・・と思う。ただ人生の答えは一つではない。公式を使っても同じ結果にはならない。どんな結果もオーライかも知れない。 だから人生においては、逆に答えを先に明確にかざして、後から公式を当てはめるべき・・・と思う。答えは、宣言した方が良い。例えば“金メダルを取る”とか“宇宙飛行士になる”とか“船で世界一周する”とかの答えの方が・・・漠然と“お金もちになりたい”とか“かっこいいいスポーツカーがほしい”と言う希望よりも、答えが現実に近づくに違いない。 さて人生の公式とはどんなものか、私にはまだ少ししか分からない。一つは“感謝の気持ち”一つは“信じる力”一つは“集中力”・・・それらの複合? 後はまだ分からない。 なぜ“感謝の気持ち”が人生の公式なのか分からない。学者ではない私は分からなくてもいいような気がする。 私にとって“一般的な宗教”は、人生の公式を教えてくれる場だと理解している。ただ答えを明確にもたない人が公式だけを覚えても、なにも生まれない。まず自分が生きる答えありきだと・・・私は思う。 |
昨日、報道番組に高橋尚子が出演していた。巨人軍のキャンプ地を訪ね・・・高橋由伸選手とのトレーニングについての対談で高橋尚子が“体幹”という聞きなれない言葉を使って“体幹を鍛えるトレーニング”を由伸選手に教えていた。そのトレーニングを見ていると、私が毎朝欠かさず続けている運動とほとんど一緒だったので驚いた。“体幹”の意味をまだ完璧に理解したわけではないが、ネットで調べてみると、その説明のなかで“木”のイメージが示されていて、木の一番太い幹にあたる人間の体の胴体が“体幹”で枝や葉っぱが、足や手や指だという分類のようだ。“体幹を鍛えるトレーニング”とは腹筋・背筋・胸筋等の普段の生活では鍛えられない体の根幹となる筋肉にストレッチや負荷をかけ、基礎体力を増強させる運動らしい。続ければダイエットにもなるらしい。私は、誰に教えられた訳ではなく日々改善、改良して今の複合運動に辿り着いた。 自分が“たいした奴”に思えた・・・最近、ここ30年で最高の体調である。 ただ両高橋選手とは、一回あたりのセット数が違う。どおりで私は彼らよりスリムではない。 |
今日、代表者変更に伴う会社のゴム判作成のために印章屋さんに行くことにした。前回4年前に行ったお店に行こうと思っていたが、打ち合わせで立ち寄った先で車で行かなければならないそのお店より、その途中(同じ方角)に2軒も印章屋さんがあるから、その方が近いよ・・・と言われ、歩いて教えられたお店に向かった。一軒目に入ろうとした時、一瞬の差で若い二人が先にお客になった。店主に訊ねると、“今来られた(二人)ところだからとしばらく時間がかかります。”と言われもう一軒のお店に向かった。言われた場所にはお店が見つからないので薦めてくれた人に電話した。その人が場所確認のために電話してくれたのだが、返ってきた答えは“今日は土曜日でお休みみたい。”・・・ それで、最初に思っていたお店に向かった。 そのお店の主人に言った。“ここへ来る前に2軒立ち寄ったんだけど、どちらも縁が無かったみたい。今日はここに来る運命にあったみたいです。”と・・・主人は、無表情に仕事を続けた。 店を出る前、私はもう一言、主人に言った。“これからは、真っ直ぐここに来ることにします。” 主人は下を向いたまま、ニッコリ微笑んだ。 思いもかけず・・・いっぱい歩いた。時間もかかった。 くさらない自分を・・・かわいく思った。 |
数年前まで、人の心を変えようと努力したことがあった。でもそれは私の力量を超えるものであると納得した。人の心はそんなに単純なものではない。DNAとかカルマとか人生経験とか生活環境とか宗教とか親の考え方とか挫折とか・・・語りきれない複雑な要素が絡んで人の心は成り立っている。人生経験の僅かな私が、いくら知識を得て頑張って熱弁をふるっても、人の心を変えるなんてできるわけがない・・・と思った瞬間、気持ちが楽になった。 小さな私が考えることは、その人に対してどれだけの時間を割くかを見極めること・・・自分の力量を超えて接さねばならない人には、時間をかけない。他の人の力や時間の経過でその人自身の力が満ちることに任せれば良い。自分自身の力量がその程度だと認識することが、お互いのために賢明だと思う。 ただ、どうしても放っておけない人に手を差し伸べねければならないことがある。この場合は、その人を信じなければならない。心から信じきって、その思いを言葉ではなく伝えねばならない。そのためには待たなければならない。どれだけ時間がかかろうと待たなければならない。そんな人が自分の周囲にいるということが私が生きている証だと思う。 |
最近、恥ずかしいことだが、よく自分のキーホルダーのありかが分からなくなり、探し回ることがある。私のキーホルダーには7個の鍵がついており、紛失すると大変厄介なのことになるのだが・・・幸いなんとか大事に至ることなく過ごしている。 今日の話は、私の頭が老化してきたという話ではない。そのことについては、また別の機会に話すことにして・・・大抵いつも見つかる場所は、何度も探した筈の自分のポケットの内が多いのだが、今日は自分が不注意であるという話ではない。そのことについても、また別の機会に話すことにして・・・ 鍵が見つかった時に、私は数年前の何倍も有難く思う。“なんや、こんなところにあったんか”とか“こんなことに時間を費やしてもったいない”と以前なら、それで終わっていたところだが、最近は心の底から感謝するようになった。なにに感謝するのかと問われると説明しにくいのだが、自分が生きているということが“偶然”とかでは説明できない大きな流れの一部であり、“必然”として日々の出来事があるという・・・その流れのなかに自分自身があることを再認識するための“感謝”ではないかと思っている。 しかし、それより繰り返し鍵を探すことの方が大問題である事は、自分でもよく分かっている。 |
昨年夏に、ある郷土史研究家に作家のサインの入った小説をお借りした。面白かったのですぐに読み終えたのだが、お返しするタイミングを逃し続けていた。昨日、「今日こそはご自宅のポストに投函しよう。」と思いたち、職場を出た。その研究家は年配で足がお強くないため、お気遣いのないよう事前にご連絡せずに後で投函したことをお電話しようと思った。ご自宅の前に立ち、小さめのポストに包みが入りそうにないと悩みかけた瞬間・・・外出着のご本人が門から出てこられた。昨年後半は体を悪くされ家から出なかったのだが今日は久しぶりのお出かけとのこと・・・以前、短時間二度だけお会いした老研究家は、最初私のことが分からなかったようだが、すぐに思い出していただき無事お借りした本をお返しすることが出来た。これですっきり・・・よくあることだが、この絶妙な偶然?に感謝・・・である。 自分のやり残していることを、私はたまに書き出して、一つ一つクリアしていくことにしている。最近、書き出す項目が以前より少なくなっている。こういう状態が続くとストレスがたまらない。 この調子で、今年が進んでいきますように・・・そうしたい。 ところで、私はもう一人、今年会いたい人にまだ出会えていない。 |
8年前、息子が登校拒否を続けていた時、私は今だからこそ分かるのだが最低の親であった。 先ず・・・1)“頑張れ”と励ました。2)気分転換させようと嫌がる息子を力ずくで山に連れ出した。3)痛がるほど強く抱きしめた。4)“自分がやろうと思えばできるんだ!”と繰り返した。まさに、登校拒否の子供には絶対やってはいけない見本のオンパレード・・・ この頃の私には、学校にいけなくなると言うことが病気であるとの認識が無かった。だから誰に相談することもなく、親族にも隠した。息子も私も苦しんだ。今は病気だという認識がある。だから専門医に相談することや、ある程度薬に頼ることも必要だと分かる。急いではいけないことや、症状の改善だけではなく、時には悪い状態に戻ってしまうことがあることも理解できる。 彼が登校拒否の間、親として、かろうじて続けて良かったと思うことがある。夜中まで続けたメール、チャット、ゲームを取り上げなかったこと。そしてネットやビデオを見て覚えた松本人志のギャグを完璧に再現する天才的な暗記力を認めたこと。褒めたこと・・・ 幸い、息子は高校になって通学しはじめた。高3の時には無遅刻無欠席であった。卒業式のときに表彰された。嬉しかった。 ここ数年、なにが起ころうと、息子に激しい感情をみせた事はない。何より私自身がおおらかで、大きくあることが、家族にとって安心と自立をもたらすものだと認識している。 |