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SOLILOQUY

ひとりごと

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February 07, 2013 11:24:01

45分

カテゴリー: 日記
一昨日、スポーツクラブに行って水着に着替えていたら、水泳教室の同じ生徒とロッカーが近くになり、プールに行く前に“水泳教室の時の同じ先生のピラティスのレッスンが、今からジムで始まるから参加しないか?”と、誘われた。レッスン時間はどのくらいかと尋ねると、“15分!”だと言うので、その程度の時間ならと思って、ピラティスとはなんのこと分からぬまま参加した。参加して分かってきたことには、これは…かなりキツイ!私以外は常連の生徒らしく先生の掛け声に、みんなついて行っている。しかし、私には全くできないポーズがあるのだ。私は毎日腹筋・背筋を行っているから、筋力的についていけるのだが、体が硬くて話にならない。
情けないくらいの体の硬さである。15分はとうに過ぎているので長すぎると思ったが最後までなんとか頑張った。後で、私を誘った生徒に“15分って言ったじゃーないですか…。”と、文句を言ったら“言っていませんよ…45分って言ったんですよ!”とかえってきた。
どうやら私が聞き間違えたようである。15(じゅうごふん)分と45(四じゅうごふん)分は確かに間違いやすいと納得した。
みなさん、15分と45分を間違わないように注意されることをお勧めする。
来週、また参加するかどうかは、まだ決めていない。

ピラティスとは(ピラティスをはじめよう!から)
体の中心を使う、インナーマッスル!になります。
体の中心にあるコア筋肉を使い、正しい姿勢をキープしながらエクササイズをしていきます。
イメージも大切で、エクササイズ中は体の奥にある筋肉を動かそうと考え、コントロールしていくことも重要です。
"考えるエクササイズ"とも言われています。
自分の体を見つめ直し、意識も高めますので、集中力も大切になります。
上半身を床から持ち上げるときの動きを例に上げますと、背骨を一本一本動かしながら、床から離れていくようなイメージをして動かしていきます。
このように、意識的に体を動かして体の奥から働きかけ、体の奥から覚えさせていきます。
そして、ピラティスの呼吸もとても大切になってます。
基本的な理念を知り、ピラティスの魅力を効果的にエクササイズしていくことで、体も心もリフレッシュできるでしょう。
February 06, 2013 17:36:38

祈願

カテゴリー: 日記
今日は朝から、叔母に誘われ、初めて東大阪市にある石切神社に参った。来週に控えた母の手術の無事を祈る祈祷をお願いし、お百度参りをするためだ。
私が7年前に手術をする前に、叔母達がこの神社に参って、お札をいただいてきて私に渡してくれた。その後無事に回復しお礼参りに行かねばと思いつつ時間が経過してしまった。この度の誘いがなければ行きそびれしまったのに違いない。
良い機会だと思って、気楽に出かけたのだが、実際に自分が百度参りをして、どれだけ叔母たちがこの私のために時間と労力を費やしてくれたかを思い知った。改めて深く感謝した。
これから年老いていく叔母たちのために、私は何度かこの神社を訪ねることになるだろう。私がしてもらったことを誰かにお返ししなければと心から思う。

駅に向かう道すがら、叔母と坂道の途中にある食堂で昼食をとった。勘定を済ませ暖簾をくぐって店の外へ出ると店先に土産物の牡丹餅を見つけた。買おうかどうか迷っていたら、店の奥さんが“今日は天気が悪うて人出がないから、はよ店閉めようおもて、これ…500円(定価は6個入り600円)にするから買うてって…!と、声をかけてきた。私は一パック注文したが、3個入りのパックもほしかったので、指さし、“それなら、こっちは250円(定価は300円)?”と尋ねてみた。そうしたら奥さんは“それは違うんやけど…、まぁーええわ…兄ちゃんまけとくは!”と、250円にしてくれた。“おかみさんの顔が、有難く見えますは…。”と、言ったら、嬉しそうに笑ってくれた。みんなが幸せになった瞬間だ。

誤解しないでいただきたい。私は値切ったわけではない。値段を確認しただけなのだ。いくらなんでもお参りに来て値切って帰ろうとは思わない。
February 05, 2013 11:47:06

復活

カテゴリー: 日記
私は、勉強が好きではないし、頭が良い方でもない。ただ誰もがそうであるよそうに、興味のある物には食いついていく。そして、その食いつき方が、一般の人よりも大きいと思う。だから、興味のあるものは、最初…普通の人よりも劣っているが、みんなが飽きて他のものに目が移っても、私は続けているから、いつの間にか私の方が上手くなっている。
これが、私が他人より、何でも平均以上に上手くなってしまう方程式である。同時に自分の集中力に限界を心得ているから、トップクラスにはなれないことも心得ている。ある程度のレベルに達すると、教えを請わずに我流でつき進み始める。ここらが体育会系ではなく文化系と言われる所以だろうか…?塗り絵は嫌いだ。編み物も好きにはなれない。真っ白い紙に自分の思うように描くことが好きだ。
昨日、友人の批評に、私の文章が見たことのない文章だ。と、批評を受けた。この点が開花して、将来他人にはない素敵な文章になったらしめたものだ…と、良い風に納得しようとしている。

幸せな私だ。
昨日から、少し復活しているようだ。
February 04, 2013 12:16:55

友人

カテゴリー: 日記
昨日、心筋梗塞で倒れた知人の母親を病院に見舞った。幸い峠を越えておりベッドから起き上がって話もできた。

東京行きの早朝の新幹線に乗り込み、最終に近い列車で戻るまで、友人と行動を共にした。
途中、よく本を読む友人に、私の書いた絵本の原稿を見せた。
ダメだしを食らった。“こんな文章は誰も読まない。”と…あまりにはっきり言われたので、自信喪失中だ。

それと、私が言う“絵本”は、見た人に疑問を持たれるから“絵解き本”と言ったほうが良いと言われた。
友人の助言は、的確である。良い友人だと思う。

ここで、ちょっと…、自分の思いの伝え方を、考え直してみよう。

そんな一日だったので、昨日は日記を書くことができなかったのだ。
ショックはいまだに大きい。
February 02, 2013 11:30:42

牽制

カテゴリー: 日記
今朝も会社にやってきた。まだ昼間だけ常駐する管理員も出勤しておらず、まず管理室に入って昨日の日報をチェックしていると、見慣れない男がビルの外へ出ていくところが目に留まった。トイレでも借りに来たのだろうと気に留めなかったのだが、同じビルの4階で朝早くから仕事していたある会社の女性社員がわざわざやってきて、“あの人…大部前からビルの内をうろちょろしているんです。”と、訴えるように私に話かけてきた。直後にその男がまたビルのなかに入ろうとして、こちらに向かってきた。私は“なにかごようですか?どちらに行かれます?”と尋ねた。“いやーっ、ちょっと見ているだけなんです。”と答えたので、“現在、このビルの上階は機械警備中なので立ち入らないでください。”と、牽制した。すると男は、“あーっ”とだけ言って出ていった。
私は男の後を追って、どこへ行くか見届けた。すると…ビルの前のベンチに座りガイドブックのようなものにメモ書きしていた。気にはなったが、外に出たことだし、これ以上問い詰めるのもどうかと思い、管理室に戻ろうとしたら、さきほどの女性社員が、“あの人、まだ誰も来ていないビルの4階のエステサロンの扉をガチャガチャとゆすって開けようとしてたんです。なんだか気持ち悪くて…。”と、言うもので、私は踵を返してベンチに向かった。“あなたは、誰もいない店舗の扉を開けようとしたらしいですね。このあたりはよく盗難事件が発生する地域なので、あなたのような行動は、あなた自身のためにならない。”と、警告した。男は、頷くばかりだった。

私の経験上、泥棒は事前に現場の下見をする。逃走経路も頭に入れる。以前、下見に来た不審者に声をかけ、逃げた相手を追いかけたことがある。
あの男は、悪人ではないような気がする。どちらかと言うとちょっとおかしい人の部類だ。
もし悪人だっとしても、私が顔を覚えていることが分かっただろうから、このビルは被害を免れるだろう。
相手を追い詰めて逆手に出られないように、言葉を選んで警告する知恵と勇気が大切に思う。
February 01, 2013 13:54:58

昔話

カテゴリー: 日記
私が子供の頃、雨にあたると(放射能が入っているから)髪の毛が抜ける…と、言っていた。その頃、ソ連や中国では原爆実験をさかんにやっていたのだろう。
私が子供の頃、光化学スモッグ注意報が発令されたら、校庭で遊べなくなり体育館内で体育の授業を受けた。みんなマスクを持っていた。
私が子供の頃、世界地図を見ていて、世界の大陸は、元は一つじゃなかったのかと先生に尋ねたら、そんな馬鹿なことはない…と、言われた。
私の子供の頃、一般家庭では白黒テレビだった。
私が子供の頃、SLが、まだ普通に走っていた。
私が子供の頃、悪い事をしたら先生に殴られた。チョークを投げてくる先生もいた。
私が子供の頃、体育の時間にスクワットをさせられた。水分補給は体育の時間が終わらないとできなかった。
私が子供の頃、ポケットティッシュを持っている生徒が金持ちに見えた。(みんなチリ紙を折りたたんで持っていた。)
私が子供の頃、日本は欧米の物真似製品を作る国だった。
私が子供の頃、工場の近くの川は、生物のいない死の川だった。
私が子供の頃、エコの輸送手段…市電が走っていた。
私が子供の頃、私の学校では、“いじめ”はなかった。
私が子供の頃、新幹線のことを“夢の超特急、ひかり号”と、呼んだ。
私が子供の頃、1ドルはいつも360円だった。
私が子供の頃、世界中で自分以外の人間が一人だけいるとしたら、女より男の方がいいと思った。(今は、女性のほうがいい。)
私の子供の頃の話は…昔話になった
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