先日、カイロプラクティックの治療院を訪れた時、先生の後ろの棚に置かれている人間の脊柱見本を指差し「それ、本物ですか?」と尋ねてみた。実によく出来たもので、モデルであれば真っ白を想像するが、それは適度に均一ではなく茶色に変色していて、土のなかにしばらく埋まっていたような雰囲気を醸しだしていた。先生は「これは作りもんや・・・本物もあるで、隣の部屋に・・・それも全身・・・箱に入ってるわ。」返事に困っていると先生が続けた。「日本人ちゃうけどな・・・バングラディッシュ人や・・・世界で一番多い人骨見本はバングラディッシュ人や。なんでか分かるか・・・国が貧しいから骨売りようねん。」返事に困っていると先生は続けた。「以前、10体ほどまとめて輸入したことあるねんけど・・・通関の際に止められてな・・・猿の骨か?言うて聞かれたわ・・・(笑い)。」私は視線を少し外して「そうですか・・・。」先生は言った。「本物より模型のはうが高いんやで、本物見せたろか、今度・・・。」私は一応、躊躇せずに答えた。「あっ・・・是非、お願いします。」だが、本当のところ見せて欲しいとは思わない。もし、人骨を目の前にして、その場で手を合わせたら変だと思うし・・・。きっと先生は、大きな気の持ち主でなんともないんだろうが・・・私は普通の人間だから、むやみに近づかないほうが良いと思う。 私が死んだら、火葬の後、風葬か骨を砕いて土に混ぜて陶器にしてほしいと思うくらい死後の自分の体に特別の思いはないが・・・誰か分からない人の骨は・・・ちょっと・・・ |
先日帰宅途中に、いつもの道を通っていたら、ある葬儀場の入り口付近にやけに大勢の人がたむろしていて、さらに所定の駐車場がいっぱいなのか・・・道を隔てた路肩に路駐の車がいままでに見たことがないほど延々と遠くまで並んでいて・・・おまけにテレビ局が数社、その他一目でマスコミ関係と分かる人達がわんさかいるもので、こんな田舎でどんな有名人が亡くなったのかと思いながら通り過ぎたのだが、翌日テレビのニュース番組を見ていたら例の葬儀場が映っていて、今話題の“通り魔殺人事件”の被害者高校生の葬儀であったことが分かった。それまで別の世界の出来事だと気楽に考えていたけれど、私の家の近くで全国版のニュースになる悲惨な事件が起こっていたことを改めて知り、亡くなった高校生のご冥福を祈ると共に、家族にもしばらく夜道を一人歩きしないように注意した。勿論私も酒を飲んで車を置いて電車で帰る時はいつも20分ほど人気のない道を通ることがあるので、しばらくの間は一駅乗り越してタクシー乗り場のある駅まで行ってタクシーを利用することにしようと思う。 曲がりくねった山道も、あの崩落事故以来、雨の日、そしてその後数日は通らないように決めた。最近用心深くなったのか、危ないと思うことは避けようと思う慎重さが出てきたように思う。冒険が出来ない年になったというか・・・大人(?)になったというか・・・悪いことが起こる可能性は、確率で考えてこれからも避けるべきことは避けていこうと思う。それでも、そういうものはやって来る時にはやって来ると分かっているのだが・・・ |
私が30歳代半ばの頃、ビジネスの話で40歳前半の女性と話をしていて、彼女はこんな話をしてくれた。「20歳代には、この人は好きじゃないと直感した人には近寄らなかった。30歳代になって、好きになれそうにない人でも話をしてみると結構いい人もいるもんだと思った。40歳代になって、やはり直感でストップをかけた人には近寄らないほうがいいと悟った。」この話を聞いた時・・・真理のような話だが、少し遠いところの話のような気がして心の深い部分には届かなかった。しかし、今でもその時のやりとりを覚えている。今の年齢になって思うに、その通りだと納得する。ただ50歳代になった私が一言、付け加えるとすると、人間との関わりは各年代でいろいろ経験してみていいと思う。勿論失敗も含めて・・・だから失敗しても後で修正できる失敗は失って負けることではなく得て勝つために必要な出来事と思って良いのだと・・・思う。 私の知人で風水にのめり込んだフランス人がいるが、彼はなにをするにも風水に頼る・・・一つのことを決めるのにいつも2~3人の風水師の助言を求める。彼曰く「風水は凄いよ・・・やってくると分かっている災難を逃れるために、風水で絶対見てもらったほうがいいよ・・・」と言うのだが、そんな彼でも人生の流れのなかでは、風水をもってしても回避できない災難もあるようで、彼にすれば風水のおかげでその程度の災難で済んだと思うのだろうが、私にすれば風水師の力を借りずに、適当に失敗し、そのなかから成功への道を自分で確立していく人生のほうが、楽しいと思うのだが・・・ さて、どちらが正しいということもないのだろう。私は私の道を行く・・・ |
県の地域振興機関が主催する講演会が県民会館であった。この会は10月と11月の毎週水曜日夕方に計8回(?)に渡って開かれている。各専門分野のスペシャリストが週がわりで我が町(歴史・現状・未来)について講演する一般市民に向けて開かれた会だ。この会に出席するためには、\15,000.を支払い参加申込みしなければならない。私の興味のある講演もいくつかあったのだが、ほとんど関係ないテーマに思えたので、申し込みはせずにおいた。6日の水曜日の講演者が居留地研究会の事務局長であり、この日だけ参加(特別料金を払って・・・)できないか月曜日に本人にメールで問い合わせてみた。主催者の返事はNOだったらしい・・・私は成すすべなく諦めたのだが・・・直後に事務局長から電話があり…「スポット参加は、たいていOKなんやけど、この会はあかんみたいや・・・でも、秘書か付き人やったら、かまへん言うてるけど、それでどう?」まさに渡りに船・・・勿論「有難うございます。喜んで行かせて頂きます。」・・・と言うことで、水曜日当日、私は秘書らしいダークスーツ姿で講演者の後ろについて会場にもぐりこんだ。参加料を払わずに、おまけに主催者から「有難うございました。お疲れ様でした。」と挨拶され・・・これでいいのだろうか・・・と思いながらも願いは叶ったのであった。 世の中には抜け道が用意されている・・・そういう道があるということを知って生きているほうが、幾分“楽”に生きていられる。 講演会の後、講演者から「一杯飲みに行こ・・・」と誘われ、駅への途中にある居酒屋で話に花が咲いた。勿論飲み代は“割り勘”・・・研究家の間では“おごり、おごられ”の関係は禁物だと事務局長から聞いた教えを忠実に守ってお開きとなった。 利害関係を作らない人間関係は長続きの鉄則だ。 |
今朝、通勤の途中で町を見下ろす山に登った。空を見上げて頭をぐるっと一回りさせても一点の雲もない晴天だった。この空を記録にとどめて誰かに伝えることはできないように思う。この空は、今そこに立つ私だけが知る晴天である。 しかし眼下の我が町、遠景の大阪そして和歌山には、うっすら霞がかかり、写真日和ではなかった。さて次はいつこの山の頂きに立とうかしら・・・。 ギターの発表会以後、はじめてギター教室にいった。先生は「この間は・・・お疲れさん。あんまり緊張しなかったみたいやね。」と予想通り先日のことを切り出してこられた。「先生・・・右手の指の感覚がなくなってしまって、『笑けにきました。失礼します。』と一瞬、弾かずに引っ込もうかと思ったんです。」と答えると「へぇー、そうやったん。それはまともやね・・・みんな、そうなんよ。その感覚を一度経験してほしいかったんよ。それを経験せなあかんのよね。」と、いつもの先生らしくうまく話を合わせてこられた。続けて「あなたは、残念なことに、急激に進歩し過ぎているから、本当に近いうちに変化が起こるよ。もうすぐ今使って入るギターが物足らなくなってくるのよ。」と言われ「先生・・・でも今は充分満足していますけど・・・」と答えると「だから近いうちに分かるって・・・その時のために貯金を始めたほうがいいよ・・・必ずいいギターが欲しくなるから・・・。」と、おっしゃった。先生は私の未来を見通しておられるようだ。私には見えていない未来を・・・ ギターを弾いてみた。やはり分からなかった。 |
昨日の昼、閉鎖中だった山道の入り口付近を通ったら、通行止めの標識はなくなっており、前を走っていた車が坂道を登っていく光景が見えた。10日ほど前に通過した時にはまだバリケードがあったから、つい数日前に復旧したのに違いない。仕事を済ませ、用心しながら帰り道に通ってみることにした。6月の末から通行止めが続いたから三ヶ月半ぶりの帰路である。いつもよりゆっくり上っていくと、問題の崩落箇所の下を通り過ぎた。木々で覆われていた幅30m高さ20mの部分が真新しいコンクリートで固められていた。事故直後は完全に土で道路が埋まっていた様子が想像できる。ちょうどその上に展望台があった筈だから、6月26日に観光気分で現場にいた人は、さぞかしびっくりしただろう。ニュースにはならなかったから崩落に巻き込まれた車や人は無かったと思うのだが…。これから、またこの道を利用することになるだろう。しかし今まで以上に雨の日や大雨後の数日間は違う道を通るつもりだ。明日の朝、カメラを持って、久しぶりで町を見晴らす山の上に立ってみるつもりだ。この夏は温度が高くて海面近くに水蒸気が溜まっているようで、遠景がいま一つきれいに見えなかった。この数週間で急に写真日和が現れはじめたので、近いうちに紀伊半島を臨む納得いく写真が撮れるかもしれない。 瀬戸内海国立公園にあるこのたびの崩落箇所はおそらく海から眺めたなら、新しいコンクリートの壁は、木々の緑のなかの…きっと汚点となって映っていることだろう。それにしてもほんの少し、地球の表面が動いただけで、人間はどれだけ大騒ぎすることか…。そう思えば、あの震災も地球規模からみたら、くしゃみほどもない変化だったに違いない。 三ヶ月半に渡って復旧に努力された方々に、「お疲れ様でした。」と心のなかで言っておこう。 |
昨日の朝の空は、雲ひとつない青空が広がっていた。今朝は10月だと言うのに、秋の雲より夏雲が目立っていた。刻々と変化する雲の動きには音がない。いや風の話ではない。風の音は誰でも聞こえる。耳をなでる音・・・梢が擦れ合う音・・・風の音は聞こえる。今、私が言ったのは雲の音だ。太陽や月を隠し、風や雨を運ぶ地球の吐息のような雲は音を立てずにやって来て、そして消えていく。空を見上げる余裕のない、多くの人は頭を垂れつまずかないように足元を見つめて歩いて、雲が変化していることなど気に留めず時が過ぎていく。大きな自然の変化が自分の周りで起こっているのに、たいていの人は見ず、聞かずに生きている。それは、毎日通る道は次の日も同じ道だと信じているかのように・・・だが、何一つ同じままで、そこにあるものはない。全てのものは風化していて、新しいものに生まれ変わる。すぐ目の前の変化は音をたてている。しかし地球の変化には音がない。まるで真空の宇宙に浮かんでいる地球がそうであるように・・・ 大きな大自然の変化の音を感じることができれば、どんなに素晴らしいことだろう。大き過ぎて見えないものを感じることができたらどんなに幸せだろう。世の中には極稀に、そんな人がいる。私はいつかそんな人の仲間入りをしたいと願っている。そうなれば、きっと未来が見えるに違いない。そして自分が成すべきことを、はっきりと知るだろう。 同じようにそこにあると言うことが幻想だと気づくまで・・・大きな変化の音は聞こえないに違いない。 明日の朝も空を見上げ、雲の音に耳を澄ませてみようと思う。 |
自分の演奏が、くじ引きの三番目で早く弾き終えた私は、ステージの一番前に席をとり、同じ生徒の演奏を聴き入った。ほとんどの人が私の演奏曲より難しい曲(やはり私が一番の新参者であった)を弾いていた。上手い人は、いるにはいたが、当たり前のことだがプロではない。プロとは、ちょっとぐらい出来ても光らない。アマチュアだと思うから上手に聞こえる。それに比べ、最後の二人のプロはさすがに、会場を唸らせる演奏を聴かせてくれた。プロとアマの演奏を極近くで見て聴いて・・・その違いを分析してみた。そうすると二つのことが明らかになった。一つは転換力・・・普通に話をしていて一瞬で演奏者の顔にギアチェンジする切り替えの凄さ・・・。二つ目は転換力にも関連するが、一音一音を大切にする集中力・・・アマチュアと比べて格段に高い集中力(周囲が目に、耳に、入らないような・・・)を感じた。集中によって無呼吸状態が続き、そのために、一瞬の酸素吸引が必要で、私が耳をすませば呼吸音が響いていた・・・生徒の演奏では絶対聞こえなかった吸引音がプロの二人からはさかんに聞こえた。これはステージ前に陣取った大きな成果だと思う。 集中力の違いを歴然と理解した私は、今朝出社前にギターを弾いたときに、意識して音への集中を高めてみた。するとあきらかに今までと違う音がした。いままでいかに一音を大切にしていなかったかを知った。続いてプロの吸引方を真似てみた。しかし、何も変わらなかった。呼吸だけ変えて集中力が増す訳がない。集中力が高まれば自然に呼吸方が変わると思うことが正道である。 あんな呼吸方で演奏がしてみたいと・・・逆接的に考えてみた私である。 このままでいくと、次の発表会では私は飛躍的な進歩を遂げているような気がする。・・・などと言うことを考えている・・・幸せな私である。 |
今日、発表会のことを書くということは、私が大失敗をしなかったと言うことではない。…と言うのは、順番待ちで控え室に入るまでの練習はほぼ普段通りだったのだが、ステージの袖で出番を待っていたとき…その感覚が芽生え始めた。指の先の感覚が無くなってきたのだ。そのまま先生の紹介で舞台に立って、いざ出陣…と意気込んでステージに上がって右手を弦に添えたとき、触れている感覚が全く無くなっていたのだ。これは最悪だった。頭の回転も普通(?)…左手も普通(?)…しかし、右手の感覚がない。そのまま弾かずに引っ込むわけにもいかず、指先に感覚がないまま弾き始めた。徐々に感覚が戻ってきて三曲目は、つい先ほどの80%位の実力で弾き終えた。スピーチなら問題なく話ができる状態なのに…指先に感覚がなくなる初めての経験。緊張防止用の仮面の効果は無かったようだ。 さて、仮面の話だが…出番の前に、先生につけてもいいか最終確認をした。「勿論いいのよ…楽しみにしてるんだから…」と、おっしゃるものだから、私はためらいなくつけた。そして「先生、ステージでしゃべってもいいですか?」と尋ねた。「勿論やん。うちの教室はなにやってもいいのよ!」とおっしゃった。…そして先生に「次は、オペラ座の怪人です。」と紹介されスポットライトの前に出た。みんなに“ウワッー”と歓声をいただいたものだから、調子に乗って「オペラちゃんと呼んで下さい。」なんて馬鹿なことを言ってしまって受けるには受けたのだが、結局全ての参加者が演奏し終わって、ステージ上でしゃべったのは私だけ…また先生にはめられたようだ。これで演奏がうまかったら、かっこ良かったのだが、世の中そんなに甘くなかった。結局、演奏ではなくて余興のパフォーマンスに行ったみたい…。 みんなの演奏が終了した後で、二人の模範演奏があった。最終演奏者は先生だが…もう一人は、関西のギターコンクールの予選に勝ち抜き、年末に東京での本選を控えた26歳の今、日本で現役トップクラスの男性。先生いわく…将来日本のギター界を引っ張っていく逸材の演奏があった。ギターと言う楽器の能力を感じさせる素晴らしい演奏であった。勿論先生の演奏も素晴らしかったが… 発表会を振り返り、参加して本当に良かったと思う。自分の実力も測れたし、ギターという楽器の可能性も感じることができた。パフォーマンスはやらないほうがいいということも分かった。来年の発表会も是非参加したいと思っている。 こうして私の、発表会デビューが終わった。 |
昨日の昼下がり…、マダムのお店が11月から始めるランチメニューのポスター・チラシのための料理撮影をおこなった。撮影と言っても大げさなことではない。スタジオ代わりにコンサートなどをする会場を使うのだが・・・ここがまた自然光が実にきれいに入るので、照明を全く使わなくても、料理が自然で上手そうに写る。ともかく私の撮影機材と言えば、6~7年前にもとめた素人使いのデジタルカメラと中古品の三脚だけ・・・ひょっとすると新品価格で言えばカメラより三脚の方が高額かも知れない。これで充分鑑賞に堪えうる写真が撮れる。構図アングルについては、これまでプロカメラマンの撮影風景を何度も真近で見ていたから、テクニックもかなり身に付いているし、ともかく美的感覚は普通の人より優れていると自負しているから、自分では二流以上のプロカメラマンぐらいの撮影能力はあると思っている。今日はその写真を使ってポスターとチラシのデザインサンプルを作った。マダムは結構気に入ってくれているみたい・・・。数ヶ月前に一度話をした、町に新しくできたコンビニの前に掲示するマップ作成以来のデザインである。そうそう、あのマップは予定通り7月はじめ頃から町のアンカーポイントに掲示された。出来栄えに関しては誰からも、何も言われないのだが・・・そう考えてみると、自分で思っているよりも私は、たいした能力がないのかも知れない。まぁー大きな収入にはならないが、素人は素人なりに依頼された仕事をこれからも寡黙にこなしていきたいと思う。ところで私は“なんでも屋”である。はやく本業が“小説家”と言えるようになりたい。 さぁー、これから・・・ギターの特訓だ。 明日、もし大きな失敗をしたら・・・。ブログでは発表会のことには触れないでおこう…。 |