私の子供の頃の記憶に…氷で冷やす冷蔵庫があったことを覚えている。当時、扇風機はあったけれど冷房機はなかった。白黒テレビは、もの心ついた時から家にもあったが、カラーテレビはずっと後になって我が家にやってきた。電話は有線のダイアル式だったし、ちょっと田舎に行けばトイレは“ぽっとん便所”が普通にあった。東京オリンピックに間に合わせるため高速道路が開通し、関西から東京まで車で移動するのにオーバーヒートしてボンネットを開けて冷えるのを待つ光景がけっこう見られたものだ。もちろんオートマティック車やパワーハンドルの車なんてなかった。 はじめて新幹線を見た時“夢の超特急ひかり号だ!”と叫んだ瞬間を鮮明に覚えている。 どんどん生活様式が洋風化し、電気製品が普及し生活が豊かになっていった頃…その頃の大人は、“世の中便利になり過ぎだ。最近の子供は苦労を知らん。戦争がまた起こったら生きていけないだろう。我々のように戦争を経験して芋の蔓や粟ひえを食べて、しのいだ者は、どんなことしても生きていけるけれど…”と自慢そうに話していた。 今は、その大人たちも、多くが死に…、生きている者は医学や科学の進歩が生み出した便利な器具や薬にどっぷり浸って生きている。 もう、戦争を乗り越えた経験を自慢するものはいなくなった。 もう、生活が便利になっていくことに苦言をさす者がいなくなった。 世界はどこまで進化し、人類は生き延び、神の領域に近づくのだろうか…。 囲炉裏で焼いた山女魚やマキで炊いたご飯を美味いという人はいるけれど… 少し昔にもどろう…電気がなくても生きていけるよ…と言う人は、私の近くにはいない。 人類は、一度手に入れた魔法の杖を、二度と放さない生き物かも知れない。 |