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SOLILOQUY

ひとりごと

 
September 30, 2012 13:54:00

宝物

カテゴリー: 日記
私の家には、それほど多くないが…、なんでも鑑定団に持っていくと希望額に一桁足らない金額を提示されそうなお宝がいくつかある。警察に届けていない刀や書画や茶道具等である。父が9年前に逝って、品の謂れを聞いていなかったから、其々何故手元に残っているのか理由が分からない。
おそらく祖父母が集めたものだと思うのだが、今では誰もその価値が分からない。

以前家の建て替えで、引っ越しするときに、父は少し身軽になろうと思い、骨董屋をよんで値踏みをしてもらった。なかにはそこそこの値段のついたものもあったが、ほとんどの品は掛け軸1本が500円とか言われ、それなら誰かにあげたほうが、まだましだと…結局処分し損ね多くの品が残って、捨てるに捨てられずにいる。

結局、自分に興味のない…また品物の謂れの分からないものは、なんの価値もないのだと思う。
つくづく、父が存命のうちに、いろいろ話を聞いておくべきだったと、今になって思う。

私自身にも宝物があって…、その一つはスウェーデンの作家が作ったガラス作品である。ただそれは、震災で粉々に割れてしまい、今から考えれば雑なことをしたと少し悔やまれるのだが…。破片を拾い集め自分でガラス専用接着材を買ってきて復元したサンドブラストの装飾の入ったガラスボウルだ。
こうなっては、どこに出してもガラクタ扱いに違いないのだが…、バブルの終わりかけた頃、東京の麻布工芸美術館に展示されていた作品を、作家に勧められて買い求めたもので、その時の思い出が詰まっいて、私にとっては大切な品となったのである。

さて、私が死んだら息子は、割れたガラスをどうするだろう?
どうでもしてくれ!
謂れを教えても、どうせ割れたガラスやしな…。

私が生きている間の、私だけの宝物でいい。捨ててもいいよ…と、今のうちに言っておこう。
宝物って、そんなもんでいいと思う。