今日は定期健診の日・・・半年振りに私の手術の執刀医に会う。診察前に血液検査と造影剤使用のCT検査をした。今日の造影剤の注入はいつもより体が熱くなった。診察結果は、すべて異常なし。診察も、あっと言うまに終わり・・・ 私は先生に訊ねた。 “先生、いまで手術の回数はいくつですか?” 「先週で997」と先生 “沢山の人の命を救いましたね” 「人の命を救って、自分の命すり減らしてるわ。連休の間も手術しとったしな。ストレスが溜まりに溜まってる・・・しかし3日手術せんと、これもまたストレスになるし、患者さんもう来ないんとちゃうかと思って・・私は、ゆっくり休まれへん病気やと思うは・・・本間に病気やで・・・」と先生 “もうすぐ後輩の後ろに回って、育てる側に専念ですか” 「そうは、いかんのよ。うちの病院の手術成功率が高いから、他の病院の患者さんまでうちに転院して来るし、執刀医の名前で病院決めるから、まだまだ私が抜けるわけにはいかんのよ。」と先生 “そう言えば、テレビに出てくる名医と言われる人は、年齢の高い人が多いですね。” 「あれは、広告やで・・・テレビに出る病院で国公立はないやろ。あの手の病院は全部私立病院で病院がテレビ局にお金払って番組作ってるわけよ・・・」と先生 “それじゃー、料理の鉄人と同じですか” 「そう!」と先生 4年前に、気さくで、病的に手術に情熱を燃やす名医に出会えて良かった・・・と思った。 診察室を出る前の先生の一言。 「ちょっと、太ったんと違う。去年のCT画像より腹部の脂肪が増えてるみたい。気をつけたほうがええよ。」 私は “はぁー”と答えた。 CT・・・嘘つかない! |
今日の昼過ぎ、友人にバッテリーケーブルを繋いでもらって無事エンジン復旧・・・ただ音響機器が通電していない。昨日の朝、仕事場に着いて車のエンジンを切った後で借りていた村治佳織のCDをデッキから取り出そうとして、再度キーを回してそのまま降りてしまったような気がする。オーディオ環境が完全にダウン・・・ひょっとするとショートしたのかも知れない。 結局、考えてみると今までで始めて、音なしの静かな家路となった。エンジン音を聞きながら、いつもの山道のT字路に差し掛かった時に、ふと逆方向にハンドルを切ってさらに標高の高い場所まで行き、エンジンを切った・・・車を降りて空を見上げた。風が耳に当たり木々のざわめきが聞こえた。耳を澄ませば、鳥のさえずりが聞こえた。何羽もの違う鳥のさえずりが聞こえた。しばらく立ち尽くした。 昨日車が動かなくなったのは、今日この瞬間を私が経験するためにあったのだと納得した。 そう考えた自分が好きになった。 |
今日の夕方、マダムから電話があった。知人の薔薇の専門家と京都のプログラマーが訪ねて来たから、いっしょに話さないかと・・・仕事を済ませて早めに帰ろうと思っていたが、少しだけ付き合おうとマダムの店に立ち寄った。コーヒー一杯で薔薇の話、音楽の話、古き良き時代の個性豊かな人達の話・・・1時間半ほど盛り上がった。私は、残った仕事を済ませるために、皆より早くその場を離れた。楽しかった一日がいつものように過ぎていくはずだった。 帰り支度をして、車にのりセルを回した。しかし、反応がなかった・・・ バッテリーが上がっていた。 バッテリーケーブルを持っている友人に電話した。彼はいつもの時間・・・1時間前に帰っていた。私は諦めて電車で帰った。途中、話に参加しなければ良かったのにとか、もう少し早めに場を離れれば良かったのにとか、思ってはいけない・・・腐ってはいけないと自分に言い聞かせた。電車を下りて帰路の途中、いつもは聞こえない虫の音が聞こえ、自分の足音が聞こえ、川のせせらぎが聞こえ、風の流れを感じた。車に乗らなかったから気持ちの良い帰路であったと思おうとした。 しかし、やっぱりなんだか気が静まらない。明日は朝の7時に仕事場に着かなければならない。 なんだかんだ言っても、私は今日は人の子だ。いや今日も人の子だ。 |
私の町で最も古いフレンチレストランをやっていた知人のマダムがいて、彼女は近年なかなか苦労して1年半前にレストランを止め、今は違う仕事をしているのだが、最近新しくやり始めたことで新聞社やラジオ局からのインタビユーを受ける事が多くなったそうで、思うこと願うことが自分に向かってやってくる感覚があると今日私に語った。実は私も同じような感覚を持っていて、ここのところ何回も書いてきたけど今の私には必要な人、会いたい人が目の前に現れる。同じような感覚を持つ人が近くにいると、お互いの引き寄せる力がより大きなうねりになって、より良い結果へと導かれるように思う。 今日の夕方、先日ネットで見つけたギター教室に見学にいった。先生の実力や場所、授業料、教え方等全く知らずに訪ねたが、東京から新幹線に乗って習いに来る生徒もいるようだし、なにより教えるポイントが間違いなさそうな先生だと思った。これから長いお付き合いになるだろう。 今の私が出会う人におかしな人はいないように思う。明日、マダムに今日のギターの先生との出会いの話しをして、幸運のうねりをより確かなものにしたいと思う。私の近くにいる人にも、私の幸運が伝わっていくのだろうか・・・ |
プロギタリストで村治佳織と言う人がいる。現在30才代前半の女性であるが・・・正式にギターを習ったことのない私が、最近ネットで近くのギター教室を探してみようと思ったきっかけとなった人だ。3歳からギターを手にし、高校卒業後フランスへギター修行に出て、その後世界各地で演奏経験を積み、今では日本を代表するギタリストになった。今月の初め私の町の祭りで知り合ったある人と偶然村治さんの話になり、小さく盛り上がって一週間後、その人が村治さんの演奏CDとDVDを私に届けてくれた。そして、私にあげると言うのだが・・・実は、そのCDディスクには演奏家直筆のサインが入っていたものだから、取り敢えずお借りしたが後日お返ししようと思っている。サインの入ったものは貰えない。それは“物”ではなく“思い”が入っているから・・・サインをしてもらった人が持つべきものだと思う。お分かりになったかも知れないが、私は堅物に違いない。あげると言うものはもらっておけばいいのに・・・と言う考え方があるのは分かるが、素直にいただくことが出来ない。私は物質欲が少ないが、謂れとか思いというものには敏感だと思う。物の価値は、手放す人や所有者との関わりの強さによって決まると思っている。物は、持つべき人が持つことで輝きを増すものだと信じている。(私にあげようと思った人の思いも大切なんだろうが・・・) だから私は、手元に残り少なくなった私の本を、心から理解し大切にしてくれる人にだけ手渡したいと思っている。 それにしても、最近私の必要とする人や物が目の前に表れる。こんな時期を大切に生きないといけないと・・・自分に言い聞かせる。 |
今月は半年に一度の定期健診月で、この度は造影剤を使ってのCT検査の予定である。4年前に手術、退院後ずっと継続してきた検査である。お陰で昨年あたりから、この20年間で最も肉体的にも精神的にも健康的な毎日を過ごしている。それでも昨年のちょうど今頃、旅先で4年前に倒れた時と同じ背中のある部分に痛みを覚え死をイメージした。あの時の激痛にもう一度襲われれば助かるまいと覚悟していた痛みであったが、畳の上で仰向きで、天井から吊り下げられた電灯を見つめて10分程して嘘のように回復した。その後、旅から戻ってすぐに徹底的に検査したが、全く何も悪いところが見つからなかった。あの痛みは、いったいなんだったんだろう・・・今でも、あの痛みの感覚が私の体に染み付いている。あの痛みを最初に知った時から、私はすべてに無理をしなくなった。いくら頑張っても、一瞬にして築いたものが壊れることがあると言うことを知った。手を抜くと言うことではない。運命には逆らえないと言うことでもない。自分の努力とか思い入れを越えた選択肢が私の前にも、あなたの前にもあるということ・・・そんなことを考えながら今日も生きている。 いつ死ぬか分からないと言っている奴ほど長生きすると言うけれど・・・西欧医学でコントロールされた私は、どうなるだろう。まぁどっちでもいいけれど・・・考えたって変わらず生きていくしかないわけだし・・・ 定期検査が近づくと、いつもこんなことを考える。しかし、あの痛みはいったいなんだったんだろう・・・今日はあの痛みを思い出す。 今、生きていることに感謝したい。 あの痛みは、なんだったんだろう・・・ あの痛みは、なんだったんだろう・・・ |
今日は、久しぶりでパスタを作った。有機野菜のクレソン(花が咲いていた)とイタリアのドライトマトを手に入れたものだから、ベーコンを少し入れて和え、最後にパセリのみじん切りと北海道から届いたイクラをトッピングした。昼食べて美味かったので夜もまた同じものを作った。それと、ちまきを食べた。続けて2食も同じものを食べて良く飽きないと思われるかもしれないが、今日のパスタは美味いと思う。私は毎朝、体重・血圧・心拍数を測っているが、明日の朝はきっとオーバーウェイトになっているだろう。だから、明日は三食とも粗食の予定・・・美味いものを食べるためには、普段粗食のほうが良い。普段粗食にしておくと、美味いものの本当の味が分かる。この単純な法則が身についている賢明な私である。 最近、玄米ご飯に興味がでてきた。美味い食べ方が分かれば、ここで紹介したいと思うが、もしなにかご存知なら教えていただきたい。 |
私の周りの多くの人は、自分には人より秀でたものがなくて、取り柄なんてないと思っていて、他人の才能にコンプレックスを持っている人がいっぱいいるけれど・・・私からみれば、そんな人のほとんどは、それぞれに素敵な才能を持っていて、ほんの少し真剣に取り組んだら、すぐに普通のレベル以上になるのに・・・と思う。私自身が全くそう信じていて、自分の興味のあるものは、すべて平均以上のレベルで自分の物にできると思っている。その代わり、その道でのトップになれないことは分かっていて、ある程度上達すれば、次のものに気が移ってしまう。そんなレベルのものが、いくつか複合して自分の個性になると思っているので・・・私の場合、その道のトップになることは目標にはならない。 個性というものは、トップになって得られるものではなく、普通のレベルから優れたレベルになっていく間でどのように自分の立場状況を受け入れていくか・・・そんな時に形になるのではないだろうか・・・ そんなことを言っている私だが・・・ 私の青春時代にはみんなギターを弾いていた。私もギターを持っていて、フォークソングのコード弾きやら、楽譜を読めないくせに超長時間かけて映画音楽を奏でたもんだ。しかし、ここしばらくギターは弦も張らずに埃を被っている。正式な演奏法を習ったことのない独学であったことが、今でも頭の片隅でコンプレックスになっている。そう、私にもコンプレックスはあるのだ。 昨日、ネットで調べて、仕事の帰り道にあるギター教室に電話した。一度見学に行くことになったが・・・ 数ヵ月後に、青春時代から弾きたかったギターの名曲が弾けるようになっていたら、その時はここでご報告したいと思っている。 |
私の町では、5月1日・2日・3日とチューリップの花びらを道路に敷き詰めるイベントがあった。私は、この祭りとは何の関係もないが(少し協賛しているが)年に一度、数十万人が訪れると言う祭りに、仮装して普通に町を俳諧した。そのスタイルを紹介すると・・・ ①カーボーイハットにジェーソンの仮面を付けて白いカッターシャツにサスペンダーの黒パンツ、片手に黒いバイダーと書類をかかえるの図 ②黒いスーツに黒いカッターシャツでシルクハットをかぶり、オペラ座の怪人に出てきそうな金色のアイマスクをつけるの図 ③その他、鬼の面・おたふくの面・びっくりメガネも用意したが、この祭りには相応しくないと思い、これらは使用しなかった。 祭りには高靴を履いたプロのピエロやコスプレ少女も参加していたが、私の狙いは彼らと違い、目立つことが目的ではなく、普通ではない人格が普通にベンチに座っていて、気が付く人だけが気が付いてくれれば良いというような狙いであったわけで、思い通りの通行人の反応に自己満足した。 こんな話をすると、私がコスプレが趣味ではないかとか、女装趣味があるのではないかと想像豊かにされる方もおられるかもしれないが、全くその気はない。 ただ、ただ、祭りを私なりに楽しんだだけである。 昔読んだ安部公房の小説で“他人の顔”とか“箱男”という作品があったけれど、全ての人に今の自分の人格ではない違う自分になってみたい・・・と言う願望があって、私はそんなささやかな願望を祭りをだしに実行してみただけである。 因みに、この経験で満足した私は、二度と仮装しようとは思わない。 |
町を歩いていて、ギャラリーのショーウィンドゥに飾られた一枚の絵(版画)に目が留まった。なかなか洒落た私の好きなタッチの作品だったので、部屋の中を覗き込んだ。すると展覧会の主催者と話していた一人の老齢の女性(声楽の先生)に名前を呼ばれた。さらに歩を進めようとしたが、異常を感じ立ち止まった。ギャラリー内に展示されていた額が全て同じ傾きをもって壁に掛けられているのだ。額と額は平行だが、すべての額と床は平行ではない・・・思わず震災を思い出した。激震の当日、町へ出た私は崩れかけた建物と倒れかけた電信柱を前に、めまいを覚え吐き気をもよおしたあの日の記憶が蘇った。知人の女性を前に「この部屋は異常です。私は入れない。」と言って外へ出た。 私の平行感覚を狂わせたあの日の記憶が15年経過した今も私に絡んで離さない。それにしてもギャラリーの主催者(作家本人ではないと思う)は、預かった(販売目的か?)作品をもっと丁寧に扱うべきだと思う。 声楽家の先生には、私が入らなかった理由をちゃんと説明しとかなくては・・・ |