仕事場への行きかえりの国道沿の、ひなびた一軒家の喫茶店の窓ガラスに『30年間どうも有難うございました。』という貼り紙をみつけた。一度も立ち寄ったことのないその店の入り口から少し離れた所にある犬小屋に白い柴犬がいつもおとなしく繋がれているはずなのだが、その日は見かけず、店の内外に数人の男女が世話しなく働く姿が見え、あまり流行っていなさそうだったその店が寿命をむかえたことが悟られた。時代の早い流れのなかで30年という年月を戦ったその店の人たちは、20余年で全てを止めた私よりずっと立派に思えた。 その3日後、その店の前を通ると建物はすでになく、勿論犬小屋もなく地面はすでに更地となり、そこになにがあったかも分からなくなっていた。働いていた人・・・柴犬・・・どうしたのだろうと思いをはせた。彼らの幸せを祈った。 一度も立ち寄ったことのない、あの喫茶店の記憶を私の頭のなかに、留めておこうと思った。 |