父が逝ってから早いものでもうすぐ10年が経過する。 私の父は、終戦間際に人間魚雷“回天”の操船訓練を受けていたと聞くが、戦中のことを話したがらなかったから、あまり詳しくは知らない。戦後、親戚一族の面倒をみなければならないこともあり、母と共に自営の道を選んだ。会社に勤めたことのない父は、あまり他人に頭を下げることはなかったように思う。 私が苦境に立たされた時に、特攻の訓練を受けた父が“命まではとられんは…。”と、言った言葉に重みを感じた。 別れの時に、絶対に振り向かないで真っ直ぐ歩き始める姿は、子供ながらに男を感じた。 しかし、癌になりホスピスに入った際…、病室を去る私の後姿を見送っている視線を感じたことは、かえって悲しかった。 もう10年が経過した。 この間に父が経験しなかった多くの経験をし、楽しいこともあったけれど苦難にも遭遇した。 “父の言葉や生き方は、今でも好きだ。” 私も、これからの人生…誰かにそう思われるように生きていきたい。 住職が早めの月命日で家の仏壇に経をあげにきた今日…ふと、思った。 |