毎日出勤時に、電車の運転席の斜め後ろ(車輛前方中央)に立ち、線路を望む景色と運転者の動きを眺めていると、なんとなく電車の運転ができそうな気がしてきた。比較して見ると、とても面白い。どんなものでも奥は深いのだろうから一概には言えないが、車の運転よりも簡単そうに思える。そうなってくると、運転者によって乗り心地が変わることも分かってきた。 私は自分がある程度のレベルまでいくと、それ以上は望まない人間だから、もうすぐ先頭車輌の定位置は誰かに明け渡すことになるだろう。そろそろ飽きてきた。 同じことをするのが苦手で、飽き性の私には電車の運転士という仕事は向いていない。さて私にはどんな仕事が向いているのだろう? 好きなことだけをしている今の自分が一番いいと…、自分の幸せを実感する。 |
今朝、友人に誘われターナー展に行ってきた。あまり好きな画家ではないのだが…、会場はたいそう込んでいて、ところてん式に押されながら列に並んで観た。 私の展覧会に行った時の作品の見方は、技術・感情・挑戦の三つ分野で、どこが秀でているかを感じることである。言い換えれば世の中に三つとも優れている作品は存在しないというのが持論である。芸術とは研ぎ澄まされた突出によって生まれると思うのだ。 ターナーは挑戦していると感じた。彼にとって技術も感情も挑戦のために存在したに違いない。また言い換えれば技術と感情が敢えて未成熟であり、ここはこのくらいの表現で構わないという妥協が見て取れる。 因みに私の一番好きな作品は、挑戦が突出したものである。そう感じた時に、彼の絵そのものではなくターナーという作家が好きになってくる。 こんな風な絵の見方をする人がいて、隣で説明を聞かされたら、きっと、うざく思うだろうな…。だから、普段は誰にも言わない私の絵の見方なんだけど…。 |
母親の看病の合間を縫って教授が久しぶりにミィーティングに参加した。彼女のお母さんのアルツハイマーが進行し、医者にもう長くはないと宣告を受け、つい先日、親族が病院に呼ばれたらしい。しかし奇跡的な回復をみせ来週退院するというのだ。教授は、それはココナッツ油を摂取した効果だと力説した。 ちょうど、私が数日前に面談時間を間違えたことをみんなが知っているものだから、私も飲んだほうが良いとからかわれた。アルツハイマーの人と比較されるのもどうかと思ったけれど、確かに記憶力は落ちてきているし、喉元まで出てきているのに思い出せないことが増えてきた。 信頼できる教授からの話しであるし、こっそりネットで注文して試してみようと思う。 先日お話ししていたシンガポール人は結局、お金を返しに来るといった水曜日には顔を出さなかった。木曜日には警察のほうからマダムの店を訪ねて来てくれたが、結局被害届は出さないことにしたようだ。 5000円は微妙な金額である。煩わしい警察への届出を考えると諦められる数字である。 皆さん身なりのいいアジア人がお金を貸してほしいと言ってきたら、気を付けてくださいね… |
先日、知人の医者に研究論文の“コピーペースト”についてどう思うか尋ねてみた。彼女は、“そんなの学生は、みんなやっているわよ。真似しないと論文なんて学生が書ける訳無いでしょ…。そこのところを突っ込むのはちょっと酷ね!”と言った。 今日ある大学の教授で植物学の研究家に、同じ質問をしてみた。“結局、最初に誰の指導を受けたかね。オリジナリティーに疑問を持たれる論文を一度書いたら、研究者としての生命を絶たれるということを徹底して教えることが指導者の勤めだと思う。” 大学の教授は、45年前にネイチャーにも論文を送ったが、一人のオランダ人の審査員に振り落とされた経験がある。彼女の研究発表はその後、全世界の植物学の常識として実際に利用されている。 芸術や芸能の分野ではコピーとオリジナリティーとの融合でパロディーという新しいオリジナルに化けることがあるが、学術的な研究ではあり得ない話に違いない。 世界を目指す研究者と、学生の俄か研究とは同じレベルで評価できないだろうが、本物を目指すならオリジナリティーが最後に際立つプレゼンテーションをしてほしいと思う。 |
昨夕、近くにある美術館の館長から、私を訪ねて3人のご婦人が訪ねて来ているがどうしよう…と、電話が入った。心当たりが無かったのだが、“美術館”と言えば二日後に面談予定を入れていることを思い出し、仕事を置いて慌てて美術館に向かった。 ともかく私のミスということで、館長に詫びを入れ、平謝りするつもりでご婦人方の前に立つと、“こんにちは、私の事、分かります?”と、一人の女性から声をかけられた。見ると…ギターの先生の奥さんである。先ず面談日時を間違ったことを謝りはしたものの、皆さん方は、私が驚く顔を楽しみにしていたようで、遅れたことなどどうでもいいと言う感じ…、1年半ぶりの出会いの話しで盛り上がった。 打合せが終わり、駅までの下り坂を談笑しながら下りて行き、みなさんを見送ってホッと一息つくという、この年齢では許され難いお粗末な失敗である。 それにしても、奥さんがいてくれて良かった。 ギターの先生が、超能力を使って私を呼び寄せているのだと、つくづく思う。 来週こそ先生を訪ねてみようと思う。 |
マダムがお金を貸したシンガポール人が、返しに来ると言ったのが今日である。 マダムの善意が報われるか、それともしてやられたときがつくか?私も気になるところだ。 それにしても、今時電話するからと言って、お金を借りる世の中ではない。コレクトコールと言う手もあるし、どこかでパソコンを借りてメールすると言う手もある。家へ帰るための電車賃を借りることはあっても、電話代は借りないだろう。 海外で財布とパスポートを失くしたら、自分だったら先ず何をするか考えて見た。警察に被害届けをだして、自国の大使館か領事館を訪ね仮のパスポートを発行してもらうに違いない。そうしないで、そのまま行動していたら、やっかいなことになるのは目に見えている。下手に警察に尋問されたりしたら身元がはっきりするまで拘留されるか、その場で地元の日本の外務省関係者に引き渡されるに違いない。そう考えると自称シンガポール人がマダムの店にたどり着くまでに警察に行ってお金を貸してくれと言った話は信じがたい。 マダムが大使館に行くべきだと行ったら、東京には遠すぎて行けないと言ったそうだが、大阪には総領事館があるし、身分が確かなら、領事館員が助けに来るだろう。 よく考えてみると、マダムが騙されたことは明らかだ。 それでもマダムは、心の何処かで彼がお金を返しに来ることを信じている。私は本当に返しに来たら、さらに厄介なことに巻き込まれるような気がしてならない。 今は、マダムが騙されたと後悔する結末を望んでいる私である。 |
朝、葬儀に参列した。自衛官の息子と高校生の娘を残して逝った母親はまだ49歳。自宅で心筋梗塞で倒れ、娘の腕のなかで死んだ。死化粧は彼女の会社の社員達がみんなでしてあげたようだ。そこここで“早すぎる。かわいそう。”と言う声が聞こえた。 だが、私は知っている。自分の身にも、すぐにでも、死がやってくるかも知れないということを…。 自宅からの出棺を見送った後、車に戻ったらダッシュボードの上に、先ほどまでなかった小さな袱紗が置かれていた。心当たりがないので車内を見渡すと、足元に交通安全祈願のお札が転がっているのを見つけ、袱紗が吸盤付のお札の下についていたものだと分かった。お札を手に取ると、アクリルのなかに入ったお札の下部分にある袱紗の吊元が切れていた。おそらく吸盤がはずれダッシュボードに落下した時に外れてしまったのだろう。 一瞬、これで難を逃れたのだと呟いた。 会社に戻ってしばらくして、近くの神社を参り、切れたお札を納め、新しいお札を買って帰った。 ただ、ただ、今元気でいられることを感謝する。 |
私は以前、女性ばかりのスタッフでウェディング関係の会社を経営していたことがあり、今朝当時の一番信頼していた部下から電話が入った。声を聞くのは10年ぶりだろうか? 懐かしさと嬉しさがこみ上げたが、彼女の声に陰りがあり、心当たりのない訃報を告げられるのではないかと腹をくくった。話を聞くと、思った通り…、いっしょに仕事をしていたヘアメイクの会社の女性社長の突然死を告げられた。私より一回り若かったから、まだ40才代だろう。若くして子供を抱え離婚し、その後再婚離婚を経験し、女手一つで子供達を育てていたように記憶する。もう彼らも成人したに違いない。 逝った彼女は、以前私に“将来は死化粧の仕事をしてみたい。”と言っていたことを思い出した。このたびの彼女の死化粧は誰が施したのだろうか? 明朝、大好きだった自宅から出棺するようである。私も陰から見送りに行こうと思う。 知らせてくれた元スタッフとは、明日出会った時に話せば良いと思い、余計な時間をとらずに電話を切った。 一度死にかけたことのある私は、死は、誰の場合にも音もなく忍び寄るということを、肝に銘じた。 |
一昨日の夜の8時半頃、マダムの店に日本語がしゃべれない東洋人がやってきて“パスポートと財布を紛失して困っているので、シンガポールの父親に電話をかけたい。ついては5000円貸して欲しい。”と、あまり上手くはない英語でマダムに話しかけてきた。マダムは、それなら大使館を訪ねるべきだと言ったら、大使館は東京にあって遠すぎるし、警察や教会にいっても取り合ってくれないので困っている答えたそうだ。 男はノートに自分の名前とID番号と称する数字と父親の経営するシンガポールの法律事務所の住所と名前とメールアドレスをマダムにに差し出し、マダムは5000円を渡し自分のメールアドレスを教えた。男は深々と頭を下げその場を立ち去った。 翌日、午前中に男の父親から英文のメールがマダムに届いた。“息子に340000円送金した。その中かから50000円をあなたに渡すように命じた。現在息子はお金がないからホテルに泊まれない。もうすぐお金が届くから後払いで泊まれるホテルを紹介してもらえないか。水曜日には自分も日本に行くのでその際お礼にそちらに立ち寄らせてもらう。”と、書かれていた。マダムは“ホテルは、シンガポールで代理店を通して予約決済されたらどうですか?”と、返信した。 その日の午後2時頃、男がまたマダムの店にやってきて、“父親からメールは届いたか?昨晩はコンビニで寝た。水曜日には父親といっしょに来るのでその時には借りた金を返す。それまで、状況を報告しに毎日やってくる。”と、言ったそうだ。マダムは、“5000円だけ返してくれたらいいいので、もう来なくていい。”と言って男を帰した。 私はこの後、この度のやりとりを聞き、マダムに今の状況が非常に危険な展開になる可能性があることを告げ、一緒に派出所に同行し、夜間巡回時にマダムの店を立ち寄ってもらうように依頼した。 本当に男が財布とパスポートを失くして困っていただけで、貸した5000円は何事もなく返ってくるかもしれない。それでも、災難の降りかかる可能性のある善意の扉は、もう開けない方が良いとマダムに伝えたかったのだ。 一度扉を開けると、閉まらないように足をこじ入れられることがあるからだ。 |