最近、毎日自分の仕事をほったらかして、炎天下ファーマーをしている。普段使っていない筋肉を酷使しているが、なんとか筋肉痛もなく過ごしている。それでも年齢が年齢だから急にダメージが襲ってくることが恐い。 下手に非営利団体の理事長役を引き受けるものではなかったと後悔するところではあるが、引き受けたからには愚痴は言うまい…私がやらねば誰がやる…と、思いつつ…自分の体を無理して壊さぬペースで頑張ろうと思う。 アーッ。 |
成功するか失敗するか? 決断が安全か危険か? 大きな人間になるか小さな人間で終わるか? 自分が言ったことで相手が気を悪くするかどうか? それが分かる人と、分からない人がいる。 分かっている人にとっては、すべてが当たり前…分からない人にとっては“何故だろう?” 知識・知恵・経験を豊かにし、すべて当たり前の人生を送りたいな… それとも、予期せぬことがいっぱい起こるほうが楽しいかな? |
昨日、町のボスの自宅のリビングルームで会議があった。ボスと言っても男ではない。自分の年齢を108歳と公言する…おそらく70歳くらいのゴッドマザーである。バチカンの戴冠式にも招待され、パリの名誉市民でもある彼女は、いつも溌溂としている。 家に内に入って私が一番気になるところは、壁にかかった絵画だ。 マチス・ピカソ・藤田嗣治・草間弥生等々…そうそうたる作家の作品が並ぶ。もちろんみんな本物だ。 おまけに選ぶ人の目が肥えているのだろう…作品が上品だ。 彼女自身が入れてくれたアップルティーに、目の前で缶を開け皿の上に盛られたバターたっぷりのクッキー…次に出された一椀のおかき…きっとこれも、どこか由一緒のある店の銘菓やと思いきや、一口サイズのパックに入ったどこにでも売っているおかきだった。 これだから、庶民は悲しいものだ。雰囲気に呑まれると物の良し悪しが分からなくなる。 きっと、この家に招かれた庶民は彼女の凄さを思い知って帰るのだろう。 私も、いつかこんな生活をしてみたいと思うが、この人生では無理だろう…と、諦めた。 |
今朝車で会社に来る途中、目の前の軽自動車がふらついてるのが確認できた。それで…少し車間を開けて走っていると、踏切で一旦停止したので近づいたら運転席の横の窓が開いてなにか食べ物の包装紙?が捨てられた。運転手の年恰好をみると、老年ではなく中年風である。 そのまま後ろを走っていたら、またふらつき始め歩道の路肩にタイヤがぶつかって反動でセンターラインのほうへ流された。 後ろに付くのは危険だと思い、次の交差点の手前でゆるやかにスピードを落とし、敢えて先頭で信号待ちをしてやり過ごした。 その後は、普段どおりに走って会社に入ったが、世の中には訳の分からない人が普通の人の顔をして自分の隣を歩いてるのだと考えさせられた。 生きていくうえで、どんなときでも油断しないにこしたことはない。自分の身は自分で守らないといけないのだ。 |
今日のランチに、会社の近くのイタリアンレストランに行った。11時半を少し回ったところだが、すでにかなりお客が入っていた。まだ空席があったがすでに予約があるらしく、席に通されるのに待たされた。 オープンキッチンのカウンター席に案内され、私の部下だったオーナーシェフとスーシェフのきびきびした動きを見ていて、私の今までやってきたことが、遺伝子として彼らが受け継いでくれたように思えて気分がよくなった。 一つ気になったことがある。サービスの男の子が、料理の説明をする時や皿を運んでくる時に、なんでもかんでも語尾に“…ねぇー…”と付けるのだ。シェフも注意しないようだけど、耳障りでしょうない。最近営業職の人でも“…ねぇー…”と、言う人がいるけれど、誰かが正しく美しい日本語の使い方を教えてほしいものだと常々思う。 シェフに“…ねぇー…と言う言い方はなんとかならんのかネ…”と言ってみようかな…? |
今日のランチに、会社の近くのイタリアンレストランに行った。11時半を少し回ったところだが、すでにかなりお客が入っていた。まだ空席があったがすでに予約があるらしく、席に通されるのに待たされた。 オープンキッチンのカウンター席に案内され、私の部下だったオーナーシェフとスーシェフのきびきびした動きを見ていて、私の今までやってきたことが、遺伝子として彼らが受け継いでくれたように思えて気分がよくなった。 一つ気になったことがある。サービスの男の子が、料理の説明をする時や皿を運んでくる時に、なんでもかんでも語尾に“…ねぇー…”と付けるのだ。シェフも注意しないようだけど、耳障りでしょうない。最近営業職の人でも“…ねぇー…”と、言う人がいるけれど、誰かが正しく美しい日本語の使い方を教えてほしいものだと常々思う。 シェフに“…ねぇー…と言う言い方はなんとかならんのかネ…”と言ってみようかな…? |
教授に一般市民向けの研究発表用説明パネルの制作を頼まれていた。そのなかで以前私が描いていて途中でほっておいた明治中期のイメージ画をパネルの1枚にはめ込むように言われたのだが、それが私としては満足のできない絵だったので描き直すことにした。 今日は朝からそれにかかり、やっとできたところである。お見せしたいのだが、最近は個人のプライバシーだとか版権だとか言われる時代だから、ここに載せることはできない。 まぁー、そんなにたしたことのない絵だけれど、かなり粗いスケッチである。写真の残っていないシーンの再現は、はっきりと描かないほうが良いと思うしね。 それにしても、この間は明治時代をテーマにした歴史小説の挿絵を描いたし、最近昔のイメージ画の依頼がよくくる。仕事の合間を縫って楽しんで描いてこうと思う。 |
電車の運転席のすぐ後ろから運転士の動作を見て運転の仕方を覚えた私は、今でも一番前に陣取っているが最近運転への興味が薄れて来た。今朝はずっと二本に延びる線路を見ていた。あたり前のことだが、線路は1本でつながっているように見えるが、実は20mほどの長さのレールが継ぎ目部分で少し間隔を開けて連続して並べてある。電車のスピードが遅い時は、その継ぎ目が分かるが、時速30kmを越えてくると私の動体視力では見えなくなる。見えないものが、見ようとすれば見えてくる…なんて言うが、自分の能力が低ければ見ようとしても見えないものだ。 それにしても、電車は、なんて退屈しない乗り物だろう…。しばらくは毎日線路を見ていようと思う。できることなら線路を歩いてみたいと思うのだが、こればっかりはだめだろうな。 同じ景色のなかで、自分と同じ興味をもっている者、同じ景色を見ている者がいないと考えると楽しくなってくる。そう思うと電車のなかでスマートフォンを触ったり、ゲームなんぞは絶対にしないでおこうと思うのだ。 |
納期にぎりぎり間に合って、やっと一息… だがしかし、書き込む力すでになし 明日から、ちゃんと書くぞ…と ちっちゃく つぶやく |