結婚 新川 和江 呼びつづけていたような気がする 呼ばれつづけていたような気がする こどもの頃から いいえ 生まれるずっと前から そして今 あなたが振り返り そして今 「はい」とわたしが答えたのだ 海は盛りあがり 山は声をあげ 乳と蜜はふたりの足もとをめぐって流れた ひとりではわからなかったことが ふたりではわけなく解ける この不思議さ たとえば花が咲く意味について はやくも わたしたちは知って頬を染める わたしたち自身が花であることを ふたりで咲いた はじめての朝 新川和江は、1929年生まれで、詩作のほか、再話・伝記・海外児童文学の紹介などされている詩人。主な詩集に「野のまつり」がある。 「結婚」は、中学生以上の子どもたちに、ぜひ読んでもらいたい詩だ。 いま、子どもたちのまわりには、劣悪な性情報があふれている。 ひるがえって、子どもたちに正当な性教育をしているはずの学校でも、「生殖教育」「性器教育」をしているとしか、私には思えてならない。 性教育とは、まさしく人間教育であるべきだ。人間としてのよろこび、人間としての生き方、その一分野として、性のことがあるのだと思う。 〈そして今 あなたが振り返り そして今 「はい」とわたしが答えたのだ〉 この二人が結びつき、 〈はやくも わたしたちは知って頬を染める わたしたち自身が花であることを ふたりで咲いた はじめての朝〉 この詩の世界には、「援助交際」などというものが入り込む余地は、微塵もない。 そして、 〈ひとりではわからなかったことが ふたりではわけなく解ける この不思議さ たとえば花が咲く意味について〉 という、人間と人間との、結びつきが生まれるのだ。 そういう結婚、そういう結びつき、そういう性を、子どもたちが知ってほしい。 劣悪なものほど、より刺激的になっていく。だから、思春期の子どもたちが、興味をもち始めるのも、無理からぬものがあるとは思う。しかし、とりこまれてしまわないようにしてやるのが、大人の責任ではないだろうか。 「結婚」のような詩を読めば、人間としてのよろこびの性に、感動するのではないだろうか。 家庭では、学校でしているような「生殖教育」「性器教育」ではなく、「結婚」のような詩を間にすれば、子どもたちと、結婚とは、人間と人間の結びつきとは、さらに性のことについても、話し合うことができるのではないだろうか。 |