雪 三好 達治 太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ 土 三好 達治 蟻が 蝶の羽をひいて行く ああ ヨットのようだ 短い詩のばあい、題名のもつイメージが、詩全体を支配する。 長い詩でも、題名のイメージは大切だが、短い詩では、とくに題名のイメージが大切だ。 作者の三好達治は、1900年生まれで1964年に亡くなった、日本の代表的な詩人だ。子どものための詩では、「大阿蘇」などの長い詩も書いているが、子どもの詩だけではなく、戦前から多くの詩を書いている詩人である 。 この二つの詩も、とくに子どものために書いたというのではないようだが、親しみやすくイメージしやすいということで、教科書にもとりあげられた詩だ。 「雪」は、太郎が眠ってから雪が降るのではなく、太郎を眠らせる存在としての、雪が描かれている。 冷たいはずの雪が、母性を持ったあたたかいイメージさえ感じる。 たった2行なのだが、太郎・次郎と並べることで、三郎にも四郎にも・・・・・・と次々に雪は降り積んでいるのだろうな、というイメージがある。 「土」では、〈ヨットのようだ〉と言われたとき、地面が一瞬にして、大海原に変わる。 これが、詩の、ことばの魔法である。 〈ヨットのようだ〉という書き方を、比喩(ひゆ)という。たとえのことである。 蝶の羽を、ヨットでたとえている。蝶の羽が、たとえられるもの。ヨットが、たとえるものだ。 詩には、比喩表現が多く使われている。 あるものを、ほかのものでたとえるとき、たとえるもののイメージが、たとえられるものをおおきく包み込んで、重奏的なイメージが創りだされるからである。 たとえられるものとたとえるものが異質であればあるほど、読者の感じるイメージは、たとえられるもののイメージから、たとえるもののイメージへと、変わっていく。 小説や童話などの散文では、あるものを書きあらわすとき、できるだけ詳しく書こうとする。 上から見て、下から見て、右から左から、あらゆる方向から見て、あますところなく書きつくそうとする。 それに対して詩は、ことばの持っているイメージで、その世界を鮮明に描きだしてしまうのである。 |