自分の人生を、つかめる時があるものだ。 それは、目の前の課題に立ち向かうことに疑問を持たず、愚痴を言わず、自分の責任のもとに動いていると言う自覚のもとに行動した時。 そのような姿勢で立ち向かった時に、自分の人生のあり方が見えてくる。 考え過ぎては変わらない。 ただ粛々と立ち向かうのみである。 |
私には昔から、お盆というものは不思議なイベントで…、亡くなった仏がその時に仏壇に帰って来られるとしたら、その時はお墓には仏はいないのだろうか?…とか、お盆以外の普段は仏がいないなら、どうしてみんな仏壇に手を合わせるのだろうか?…と、考えていた。 それで至った結論は、仏は仏壇や墓におられるのではなく、私たちの心のなかにおられる…という事。 仏壇や墓は、目の前になにかあったほうが手を合わせやすい…と、宗教性と相まって長い時間をかけて定着した慣習と考えれば良いに違いない。 仏壇や墓を軽く考えるつもりはないが、普段からご先祖様への感謝の気持ちをもって生きていたいものだ。 |
人から何かを借りて、返してもらうのはいつでもいいからと言われ、そのままにしているものはありませんか? 借りた方は、忘れてしまうもの…。 貸した方は、いつまでも覚えているもの…。 あなたも、そうでしょ? ほっておいて人間関係が崩れることは多々あるものです。 まぁー、それだけの関係だったってことですけどね。 なにか心当たりがあったら、この際返しておきましょう。 場所をとってるだけですからね…。 |
最近のネットで雨雲の動きを見ることができるようになったから、どこで豪雨が降っているか?何分くらいで雨が上がるか?…分かるようになってきた。 遠くの雨雲が近づいてきて、雨を降らし、通り過ぎて、また違う所に雨をもたらす。 こんな感じで、幸せもやって来るのが分かったらいいのに…なんて一瞬思ったが、幸せかどうかなんて、どんな時でも自分が幸せだと思えばそおなんだから、そんなレーダーなんて不必要…と、自分に言い聞かせた。 |
あなたのために、やってあげよう。 あなたのために、やってあげてる。 あなたのめには… いつか… あなたのために、やってあげたのに…。 あなたのためにではなく 自分がそうすると決めたから そうするのだ と…思って生きていたい。 |
身長を高く見せたい。足を長く見せたい。綺麗に見られたい。賢そうに見られたい。可愛く見られたい。かっこよく見られたい。実年齢より若く見られたい。誠実に見られたい。お金持ちに見られたい。ワイルドに見られたい。ちょい悪に見られたい。正直者に見られたい。 そう思っている間は、みんな本物ではない。 無理して、振る舞うと思わぬボロがでる。 ありのままの自分でいいじゃやないか… そのままの自分を評価してくれる人が一人でもいれば、それでいいじゃないか… と、言いながら若く見られたい自分がいる。 |
私のところでも、多少先日の台風の被害はあったが、幸い…たいしたことはなかった。みんなもなにもなかったのだろうと思っていたら、日を追うごとに知人の被災を耳にするようになった。近頃経験していない大きな台風だったように思えてきた。 台風直撃の翌日、山を越えたところを通る幹線のほとんど全てが、山崩れやがけ崩れで寸断されていて、普段なら45分くらいで行ける母の家の直前で迂回せざるを得ず倍の時間がかかった。冬場に一度、大雪で3時間かかったことがあったけれど、夏場に、これだけの遠回りの経験がない。 考えたら、一本しか道がないと、孤立してしまうことがよく分かる。その点この度は迂回路があったことに感謝したい。普段から目的に到達するための本道が閉ざされても、迂回する道があることを、常に頭に置いて生きたほうが良さそうだ。 |
もうすぐ 8月19日 “世界人道デー”である。 子ども向けのイベントの企画を頼まれた私は、 子供達に質問して思いを書き込んでもらうカードを作成していた。 どんな質問がいいか考えた。 別のグループが考えた大人向けの質問は、 “世界がもっとも必要としているのは?”である。 ちょっと難しい。 私が考えた子供むけの質問は? “世界で困っている人達に、あなたが今できることは?” これは、大人の質問より難しい。 そこで、 “あなたにとって 平和って どんなもの?” にしようかと思った しかし、こんな質問されたら私だって困ってしまう。 私も、平和ってなにか、うまく答えられない。 人道ってのも、よく分からない。 理解できていない人が多いから戦争が起こるんだ。それだけはよく分かる。 |
一夜にして髪の毛が白くなることがあるかと、行き付けのヘアサロンの主に聞いてみた。 “それは、あり得ない。”と答えた。理由は?と、問うと“髪の毛は爪と同じでタンパク質が死んだもので、死んだものは物理的な影響を受けない限りストレス等で変化することはあり得ない。”というものだ。納得する答えである。 同時に、人間は死滅した細胞も身にまとって生きていることも理解できた。貝や甲羅と同じようなものなのだろう。 |