私が、“言いだしっぺ”となって、できた町の会があって…。 その会の理念の一部に、私が考えた文言がある。 今日はそれをご紹介したい。 社会貢献と経済価値のバランスをとりつつ 目先の利益を追うことなく 近未来に 町としての価値を上昇させるための 礎となる活動を行う とある。 “会の理念”とは、同じ考えをもって集まってくる人たちの合言葉になるものであるが、同時に考えの異なる人を会に近寄らせないためにも必要であると考える。 要するに、会に入会したらすぐにどれだけの利益があるかという考えの人ばかりが集まれば、他地域とさして変わらない差別化のない活動しかできないと考え、時間をかけ参加者の意識を、歴史文化資産の深い理解のうえで、町のオリジナリティーのある特徴を掘り下げ共通の認識を持ったうえで外部にアピールする組織を目指している。 新しい町の価値基準の提案を目標とするものだ。 この会は、非常にゆっくりと歩み始めている。 この時間が、新しい未来を作るためには大切だと、私は言い続けようと思う。 みんながついてきてくれるだろうか… 誰にも言っていないが、私は来年この町から離れようと考えているのだが… それまでに、この会が、私なしで機能する会に育つことを祈る。 |
昨日の昼に駅の改札口前で友人と待ち合わせをしていたら、居留地研究会の事務局長が通りかかり私に声をかけてくれた。ある大学での講演会に行く途中とのことで、軽く挨拶を交わし足早に立ち去った。歴史研究家はさらに深い研究のために専門外のことにもアンテナを立てて常に動き回っているようだ。 数日前に私が町のホテルのビジュアル資料作成を手伝った知人の研究家から、無事にホテルの従業員へのレクチャーが終了し、近いうちに謝礼がもらえるので、その時は山分けしましょうとのメールが届いた。 知人の研究のわずかばかりのお手伝いをしたつもりの私は、山分けなんてとんでもないと思い、私の仕事を高く評価いただいた御礼とともに、お茶でもご馳走してくださいと返信した。 彼の研究の一つに居留地時代のイギリス領事の描いたメモ買書きのような絵を詳細に解析したものがあるが、今私はこの研究を絵本にしようと企てている。“小学生から大人まで、町の歴史に興味を持たせる本”というところが狙いだが、この本が完成し評価を受けてわずかでも印税等の収入があれば、その時はプロデュ―ス料をいただくつもりだ。 見せ方によって、一般人への伝わり方が全く違ってくる。私の腕のみせどころだと思っている。 私が歴史研究家でないところが、この当たりにある。歴史研究家は論文の完成を目指すが、私は印税を目指す。 でもこのタイプの本は、それほど沢山は売れるわけはないしなぁー 知人の研究家とは、これからも良いコンビでいたいと思う。 |
昨日法事があり、芦屋まで行ってきた。叔母のご主人の33回忌という事もあり、そのうちの家族(叔母と長男と長女)3人と主に叔母方の兄弟だけの集積で全員で8名だけが参加した。33年前私がまだ企業に勤めている時に亡くなったおじの死は、当時の私には少し離れた世界の出来事であったが、自分も親となり年をとった今、一人で子供たちを育てあげた叔母の苦労が痛く分かる。 昨日来ていた寺の住職は30数年前の葬式の時にも読経した僧侶のようで、かれこれ30年振りにお会いしたことになる。その僧侶が家を出る間際に「次は50回忌ですね。」と言った。年をとった参列者からは反応がかえらなかった。あと17年すれば100才を越える人がほとんどだから仕方ないことかもしれない。 その頃は孫に面倒みてもらわないとならんだろうな…・ しかし、私は高齢者化が進む現代、結構みんな元気で出席できているかも知れないと、思った。 私が一番危ないかもしれんな。 年末ジャンボの発売が木曜日までとなった。今日でかける前に買っておこう。 今から短期の旅に出ます。明日日記を投稿できるかどうか、わかりません…。 |
社会人としては、名刺交換なる儀式は良きパートナーを見つけたり、フィールドを広げたり、自分を知らしめるためにはとても大切な手続きだとは思う。しかし、社会的に第一線から身を引いた私にとっては煩わしい儀式である。一応普段名刺を携えてはいるが私から進んで渡すことはない。従って名刺交換を第一義に考える人たちの集まるパーティーや講演会などには、顔を出さないようにしている。 そんなことを言う私であるが、自分が作りたいものや、会いたい人のためになら、今でもどこにでも行けるし、そのためのどんなコネクションでも探し出す。 自分に魅力があれば、他人から会いにきてくれる。そう思いながら、もっと人間的に魅力を持ちたいと思う。そしてこれからも、今までもそうであったように、会いたい人にはどんなことをしてでも会いに行こうと思う。 残りの人生…そんな生き方を心掛けたい。 台湾に行っている間、日記を書くことを休ませていただいた。 その間にたずねていただいた方…有難うございます。 明日から、取り敢えず年内いっぱいは書き続けようと思う。 来年のことは、もうしばらくしてから考えることにしようと思う。 取り敢えず元気で帰ってまいりました。 |
昨日ホールで、フリュートとハープのコンサートがあった。女性二人のデュオで、受付に小学生の高学年と思われるフリュート奏者のお子さんが手伝いに来ていたから、二人とも30才代後半と思われた。素直そうな人柄の二人である。 大企業の技術者をしていたフリュート奏者のお父さんが、全てを仕切った。椅子・受付台・装花の配置からパンフレットや誘導案内表示の作成、司会進行まで受け持つという具合…奏者たちが舞台に楽譜を用意していないのに「皆さんアンコールを聴きたくありませんか…」と言って聴衆に拍手を強要し、楽譜を楽屋に取りに行かせ、てっきりこの曲で終わりかと思ったら、「次は皆さんいっしょに歌いましょう。」と言って自分は指揮者のように大きく手をふってリズムをとりながら、7曲近く合唱が続いた。 後で納得したことだが、このコンサートは、お父さんの満足のために開かれたんだ…と… 聴衆の顔をみてみると、ほとんどが定年退職者とその奥さんみたいで、奏者の知人は僅かしかいなかった。 だが皆さん上品な方ばかりで、言われるがままにコーラスもしっかり歌い切った。 私には奏者が主体でない点において、理解できない部分の残るコンサートである。 類は類を呼ぶと言うが、技術者であるお父さんの良き理解者が集った会であったに違いない。 会そのものは、やってきた人たちに“成功”だと評価されるだろう。 さて演奏はと言うと、奏者はすべての曲を楽譜を見ながら演奏していた。クラシックだから楽譜そのままに演奏することが重要だと思うのだが、私の心の奥に届く響きはなかった。 さて、会場を気に入って帰って行ったフリュート奏者親子がもし来年もクリスマスコンサートを企画するとしたら、どこまで成長しているかみてみたい。 これは、彼女たちの演奏に可能性を感じたということだろうか…それとも来年もお父さんが同じように振る舞うかを再度見てみたいという軽い興味本位なのか…1年先のクリスマスコンサートのことは、あまり考えないでおこう。 |
クリスマスがキリスト誕生の日だと思っている人が多いようだ。実は私も最近まで、そのように思っていたのだが、先日知人に教えられたことによると、生誕日は西暦354年以前は5月20日か1月6日だと言われていたようだ。 サンタクロースは厳密に「奇蹟者」の称号をもつ聖人たる聖ニコラオス(聖ニコライ)であり、聖ニコラオスの祭日は12月6日だと言う。 だから、12月24日と25日は、誰かが都合よく作り上げた祝祭日であり、宗教的には何の意味ももたない日だと言ってよさそうだ。 太ったサンタクロースのイメージは、コカコーラの宣伝用ポスターから定着したみたいで、おそらく元となった聖人ニコライは、日々の質素な生活から痩せていたのではなかろうか… 今年のクリスマスイブも一人で過ごす私は、すねてこんなことを言っているのではない。 日本人にとってクリスマスはバレンタインデーと同じく聖なる日としてではなく、イベントだと理解するから、誰か大切な人と過ごせるにこしたことはないと思う。 さて、来年のクリスマスイブは、こんな内容の日記をかかずに、誰か大切な人と過ごしていたいものだ。 メ リ ー ・ ク リ ス マ ス ! |
クリスマスイブの昨日… 久しく会っていない友人から、“Merry Christmas!”のメールが届いた。 私は、次のメールを返信した。 知り合いのサンタからメールが入り、トナカイのダッシャーが足をくじいて、 今晩はこちらにやって来ないそうです。 だから、そちらに行けなくても許してあげてください。 きっと、その分近いうちにステキなプレゼントが届くと思いますよ。 Merry Christmas! あなたが、今日が素敵な一日だと思えたと…信じております。 |
一昨日、今年最後のギターレッスンに行った。教室に着いたのが正午過ぎで他の生徒は誰もいなかった。 先生は朝から楽譜を書いていて、根を詰め過ぎ、ちょうど髭を剃りに立とうとした時、その日最初の生徒である私が扉を開けた。 先生は、既存の楽譜を自分なりの理解のもとに、感じるまま自ら考えだした符号を用いて音を表現しようとしている。 私は先生を天才だとは思わない。天才のすることは、常人には真似できないし、天才はどうしたらできるようになるか常人に教えようとはしない。 先生は、考えたことや感じたことを、私を含む生徒にすぐに話したがる。そんな人を天才とは呼ばない。 天才ではない私は、今まであまり天才と話をする機会はなかったし、これからもその仲間に入ることはない。 常人の先生と、凡人の私は話始めるとお互いイメージが膨らんでいつまでも話続ける。 昨日も、1時間弱ギターと直接関係ない話をした。 やっと一息ついて、ギターを弾きはじめた瞬間…先生が私にむかって「ギターを抱く姿が様になってきたね。すごく自然な姿勢だわ…」と言った。 常人の先生は、人を気持ちよくさせる言葉を結構うまく使うように思う。それが分かっていても、私は来年も気を良くこの教室に通うと思う。 |
昨晩は、先月から予約していたフレンチのレストランに行った。この店のオーナーはミシュランガイドには載らなかったけれど、私の町で5指に入る料理人だと思う。とにかくワインと料理のマッチングが上手い。 昨晩は持ち込みで1997年のシャトーマルゴーを事前にソムリエに預けておいた。店の軽めのボルドーの赤を1本開けて生がきやクネルという料理を食べた。続いて、この店自慢のフォアグラを温泉卵とマデラソースでいただく料理をオーダーし、メインの羊のローストを、少しマルゴーを加えたソースでいただいた。絶妙の味である。続いてチーズ…もちろんこの皿でマルゴーを飲みきった。 さて、一昨日まで満席だったこの店は、昨晩は私たちだけの貸切となった。どうして一般の人はわざわざ混雑した店に行きたがるのだろう。 シェフやソムリエの話を聞きながら、おいしい料理と酒を飲んで、優雅に時を過ごすことのできるひと時が、毎年26日に訪れると言うのに… 皆様、是非来年は、素敵な方と26日にお気に入りのレストランでアフタークリスマスディナーを予約されることをお勧めしたい。 |
昨夕、友人から電話が入り、矢継ぎ早に近況を話し始めた。 彼は今年4回目の結婚をした。彼の子供はそれぞれ別れた奥さんが扶養している。再婚した彼女は45才くらいで初婚ではなく、成人した子供が数人いることは聞かされていた。 近いうちに奥さんの長女が私生児を生むという。付き合っていた彼氏は俗にいう不良であり、子供を認知しようとしないらしい。生活力のない彼女はこのままでは施設に入るしかない。子供ができる以前に、付き合っている彼氏と別れて生活を変えなければ親子の縁を切るという話になり、私の友人にすれば、その絶縁状態が続いていると信じていたら、ふとしたことで今でも奥さんが子供にお金を渡していることが分かり、やるせなくなって私に電話してきたわけだ。 ところで、私にすれば今回の話は唐突過ぎて、答えようがないし、深入りしたくもない。 友人は感情的になっている。私は、「複雑だから急に言われても力にはなれないと思うけれど…。」 と、前置きしたうえで一言だけアドバイスした。 「問題は三つあると思うよ。一つは奥さんが自分に黙って長女にお金を渡していた理由を確かめること。一つは長女がこれから変わる可能性があるかどうかを確かめること。そして可能性を考えて今後どうするか。これらのことを整理せずに話をしたら、お互い感情的になって話がこじれるだけだと思う。感情的になったらあかんよ。私が言えるのはそれだけしかない。」 私は、はやく話を終えたいと思って、精一杯の答えをした。 先ずは、相手の思いも尊重した可能な限りの現状分析を行い、問題点を細分化し、問題点ごとに今後の対策を講じる。 これが、私の知恵である。 友人は「さすがですね。有難うございます。またあとで電話します。」と言って電話を切った。 その後連絡はない。こちらからどうなったか聞きたいとも思わない。 自分のことは自分で始末つけてほしいと切に望む。 私は他人の人生相談を受けるつもりはない。 |