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のり日記

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2008-03-15

家なき子3

カテゴリー: 日記
最後です。

ふと見ると、ポケットには、財布と携帯がありました。
財布には、確か、一万円といくらか入っていたと思います。

どうしよう~と途方にくれながら、親に電話したら、怒られるとビビって、連絡しませんでした。

で、行ったのが西成。僕のような境遇の人が多い地域です。
区役所に相談しに行って、住む所を確保!
区役所有り難う!
でも、二段ベッドの一つがプライベート空間で、殆んど蛸部屋って感じの施設ですが、贅沢は言えません。

で、日雇いのバイトも見つかり、家賃滞納分を貯めていった訳ですな。

ご飯もボランティアや教会の日曜礼拝でタダ!もちろん、3食では無いですが…

で、めでたく、家なき子生活を脱出した訳ですが、家に帰って貯金を下ろしに行った所、何と!使ってないのに貯金が減ってる!
理由はね、携帯の基本料と公共料金。
収入のない時の支払いって、想像以上に精神的にショックです。

で、仕事も無い(夢を諦めれば、あるにはありましたが…)ので、職安と家の行ったり来たりの生活でした。

そんな職安帰りのある日、よく地下道とかに占い師っているでしょう?そんなん全然信じてなかったんですが、切羽詰まっていた僕は、占い師に頼ってしまいました。

その結果、親と元の店の社長に電話して、今の現状を伝える事、人と接する仕事をする事、財産を手に入れる事を言われました。

仕事と財産?う~ん、胡散臭!って思いながら、親と社長に電話しました。

親からは、大変怒られて、九州に戻る事になり、社長からは、店に戻るように勧められましたが、親にこれ以上心配かけたくなく、丁重にお断りして、九州に帰る事を伝えました。

九州に帰ってからも、仕事は見つからず、就職活動していた時です。社長から電話があり、知り合いが、オーナー店長を探しているから、応募してみてはどうかと言う事でした。
お金がないからと断ったんですが、お金は、営業しながら返せば良い、との事だったので、とりあえず応募し、選考会の結果、何故か決まってしまいました。

ビビりますよ。いきなり、オーナーですよ。ちょっと前まで、家なき子だったのに。

で、その一ヶ月後、めでたくオープンしたわけです!
占い師有り難う!

経営は、順調でしたよ。ワールドカップまではね。
やっぱ、経営は、イケイケじゃあなく、堅実が一番でしたね。反省。
2008-03-15

家なき子2

カテゴリー: 日記
続きです。

で、視察に来ていた課長っていうのが、僕が移籍したばかりの頃の店長で、酒を飲んでは、客と揉め事を起こすと言う、とんでもない酒癖の悪い人だった。
この人、一度、店の酒を勝手に飲んでいる所を社長に見つかり、一度は、首になったものの何故か出世して戻ってきたというミラクルをやってのけているのだが、その理由を思い知る事になった。

ある日、僕に課長が酒を飲んで赤字の事をグジグジ言っていた。しかも、他の職人の前で殴られたりもした。

そんな時、間が悪く風俗のお姉さん達のご来店!

課長は、何を思ったか、接客と言う名のナンパを始めた。

注意したよ。マジ止めて!ってね。
でもさ、
「良いよ店長。面白いから。」
っていうお姉さん達の言葉で課長のボルテージもヒートアップ!
「見ろ!お前より客の事は分かてるんや!」だって。あぁ、誰か奴を止めて下さい!

そんなこんなで暫く経って、明らかにお姉さん達が嫌がってる。目で助けを求めて来る。
だから言わんこっちゃないと思いながら、止めに入りました!それはもう、力ずくで。

その後は、外で殴る蹴るの大喧嘩。いやいや、実際は、手は出してないよ。だって、拳法と空手の段もってるから、手出したら一般人より処罰が重いらしいから。

で、それが会社に伝わった訳ですが、会社は、喧嘩両成敗って言ってきた訳ですな。

オイオイオイオイ!ちょっと待ったらんかい!って怒り心頭!
「喧嘩両成敗って、僕は、手も出してないですよ?!客にいつも迷惑かけて、勝手に暴れているのは、あいつじゃないですか!そんなん納得出来ません!」
「じゃあ、どうしたいん?」
「あの人か僕か選んでどっちか首にして下さい!」

と言う事で首になりました。聞くところ、課長は、社長のお姉さんの旦那だと言う事でした。

で、その後、2か月の間、仕事が見つからず、家賃も払えず、家を追い出された訳です。(その頃住んでいたマンションは、一ヶ月でも家賃が遅れると玄関の鍵がかけられていた。専住権は?!って言いたかった。)

そんなこんなで、数ヶ月の家なき子生活が始まった訳ですが、幸い、貯金はありましたよ。でも、いざというときの為に大事に大事に部屋のタンスにしまっています。つまり、おろせない!
大家の連絡先も知らない!不動産屋も開けてくれない。ピンチです!
2008-03-15

家なき子

カテゴリー: 日記
以前、僕は、自分の人生が順風満帆のように書いた事がある。
でも、良い事が有れば、同じように悪い事もあって、実際、成功してきた裏には、ズンドコな時代もあった。

その一つが、ホームレス生活をしていた事です。

きっかけはと言うと、料理人の修行時代、会社の上司と喧嘩をしてしまい、お店を首になった訳です。

当時、20代半ばだった僕は、金融屋さんを辞め、大学時代にバイトしていた居酒屋さんの下で料理人の修行を本格的に初めていました。いや~、実際、やりにくかった。若かったし、徒弟制度に馴れようと努力したけど、4年のキャリアのある弟弟子と2~3年未満の年下の兄さん達では、如何に2年のブランクがあっても、すぐに持ち場が逆転した。

ベテランの職人さんは、顔見知りだし、僕が卒業する時に新人だった人も、一通りの仕事はこなせるようになっていた。

その居酒屋は、会社としての規模こそ小さかったが、関西中心に支店を何軒か出していて、トップの人から支店長になると言う今時珍しく、年功序列制だった。しかも、支店長としての技量がつくまで例えNO2がその人以上の実力をもっていても、支店長にはなれないという事だった。(名目上はね…実際は、何年もやってれば、実力はつくから)

その店の社長は、メチャクチャ良い人で、僕が自分の夢の為に独立したい事や将来的にどんな会社を作りたいかを知っていながら、経営のノウハウを丁寧に教えてくれて、自分の所では、暖簾分けするにも何年もかかるし、支店長にしても自分より実力が下の人間が先になるだろうと言う事で、実力が有れば、どんどん独立できると言う知り合いの店を紹介してくれた。
僕は、社長の気持ちが有り難くて、店に未練や思い入れはあったけど、移籍する事にした。思えば、これが間違いのもとだった気がする。

その店は、確かにどんどん出店していた。入って2か月位の人も金さえあれば、フランチャイズとして独立できる。
そこで、僕は、一年働いた訳ですが、その時には、店長になっていた。しかも、周りはヘルスとかキャバクラばかりの所のね。客なんか来ないって。

で、たまに来る客は、風俗のお姉さん達やオッサン。警察の人。特に風俗のお姉さんが多かった。

そんな店だったもんで、経営状態は、いつも赤字。
で、本社から、いつも視察と言う名目で、課長が飲みに来ていたんですが…

長くなったので、続きます。
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