朝から竹ちまきを買いに行く。 「竹ちまき」端午の節句のチマキを 想像していたけれども 竹筒の中にもち米でつくったオコワを詰めたものだ。 天神の岩田屋に入ると 催事場までは人はあまり居ないのに 人で混んでいる。 HMやらforever21やら新規オープンしたお店は 大変な人出であるけれども 岩田屋にいたってはそうではない。 けれども 催事場だけは人で賑わっている。 食い物だけは人間の欲望のさいたるものだからか。 美味しいものを少々値が高くても買ってみたいというのか。 この「竹ちまき」とういうものも 一本630円であるから 安くはないだろう。 簡単に言えば かぐや姫に出てくるような 竹筒を割ってみると ごはんが入っているようなものだ。 こんなものが 飛ぶように売れているのは なんでやろうか。 見ていると試食してみろという。 そんなに美味しいものでもないけれど とりあえず三本買ってみた。 こういう量より質とういうのは まだお気に召さない。 もっと量があって 腹が満腹になるようなもの そういうものが 自分には似あっているのだが。 面白いとつぶやいて 竹チマキを買っていく おばさんたちは、 竹筒の中に何が入っているのか わかっているのだろうか。 ホント、かぐや姫でも 入っているのと勘違いしそうな 出来映えだから。 |
連休の最終日である。 家でぐうたら出来るのも 今日が最後である。 どこかに行こうかと思っても 時、すでに遅し。 近所の山にでも登ってみようかな。 というが山は山でも本格的な登山なんか したこともない。 福岡市内の中の山を探してみると なるほど標高100mの山がある。 鴻巣山である。 そこまで行ってみることにした。 100mとはいえ山である。 急な坂道を登っていき 登山道を登っていくが 目印の表札がなければ どちらが頂上かわからない。 山の中で道に迷うというが たしかにそれはありうることだ。 山の中では 近くの警察学校の訓練の 大声が響く。 いったい何の訓練か知らないが 「イチ、ニ、サン、シ」と 大声が山の中をコダマするのだ。 男の野太い声だけでなく 女の声もするから 女性警官の養成訓練だろう。 山の頂上の途中に 放送の送信鉄塔があって 頂上なのかどうかわからないが 展望台があった。 展望台に上ると 福岡市が一望できる。 こんな山なのに 結構人が次から次へと 登ってくる。 天候は晴れで 太陽は照っているのだが 山の中は森が太陽をさえぎって 気持ちのよい涼しさである。 こういう場所が 市内にもあるんだな。 展望台を降りて 下山するが これまた いったいどこに向かっているのか よくわからない。 山の中で迷子になるというのは よくいうもので 方向がつかめない。 まあ近くにはすぐ人家があるし 標高100mの山で 遭難するわけでもないが やはり、山は山である。 このあたりの地名は 小笹とか笹丘という。 たしかに竹林があり 笹があり そこを住宅地に戦後 開拓したのだろうか。 住宅地の前は いったいどんなところだったのか。 整備されていない 竹林の連綿と続く丘だったのだろう。 次に来る事は よほどの事がないと 何十年後か。 とにもかくにも 休日に山歩きもいいかなと 思いはじめた。 |
体がきつい。 また腰が痛くなってきた。 なんでやろ。 立ちっぱなしが原因か。 でも寝すぎると腰は痛む。 どうにかならんか。 とりあえず、 朝と夜の散歩で ストレッチである。 最低でも一日1時間は 連続して歩く。 そのうち走るようになりたいが。 いいシューズを買わんといかんのかいな。 谷口ヒロミ選手。 不倫疑惑? 結婚してたの? あの顔で? いまさら、不倫して。 というのかもう引退して 何年過ぎたか。 まあいくつになっても 男は若い女に弱いからな。 一回講演すれば いくら貰えるのかいな。 5万か。 10万か。 30万か。 うーん。 そのくらいに稼げるには 何かの飛びぬけた 能力が必要だ。 自分は何が出来るか。 考えないと。 |
半袖の季節になってしまった。 暑い。 暑いのと関係あるか知らんが 最近、韓国料理屋が次々と近所にオープンしている。 中華料理屋は手持ちぶたさの様子だが なぜか大賑わいなのが韓国料理屋である。 何が、美味しいのかというのか 看板はハングルであるし読めない。 焼肉とか単純な料理ではない。 なんか鍋のようだ。 居酒屋とか外から様子はまったく見えないけれど 韓国料理屋は開放的というのか ガラス張りに人がたくさん入っているのが よくわかる構造になっている。 ドアは開けっ放しであるし 人がわんさかいるのだ。 半島に近いためか。 半島というのか大陸であるが。 でも福岡と釜山は 高速船で2時間だっけ。 行ったこともない隣国であるが。 旅行会社の広告は なんか激安価格で宣伝されているけれど パスポートはいるのやろうか。 パスポート申請するだけで たぶん旅費代くらい出費してしまうだろう。 とりあえず その韓国料理屋に 一回入ってみたいなと 思うが 誰か一緒に行く人 おらんかな。 |
切り株を根っこから取るには どうしたらいいのだろう。 上司はヒマやから 会社に生えていた木を切り倒して 花壇をつくりはじめた。 いったい何を考えているのかわからん。 木をなんとか切ったのはいいが 切り株は地中深くに根をおろしている。 なんのために、そんな事をしたいのか ようわからん。 木が生えていてどこが悪いのか。 まあ木も自然に生えてきたのに 生命を絶たれてかわいそうだ。 一本の木が大木に生長するまでには 何十年、何百年もかかるだろう。 いつのまにやら種が落ちて いつのまにやら背丈の大きさになった 木を切り倒して 今度は、根っこまで取りたいという。 残酷な性格である。 その代わりに花を植えたいらしい。 家で勝手にすればいいのだ。 わざわざ会社の植え込みに生えていた 木を切って なんやろうか。 よくわからない上司の行動には まったくついていけないな。 |
今週から、半袖に替えたのであるが 今日は、半袖一枚では少し肌寒い。 夜になると風も強くなってきた。 関東一円では日中は雹が降ったとか。 明日は気温は一ヶ月前に戻るということだ。 暑さからの解放である。 このまま夏に突入してほしくないのだ。 夏はいやである。 今くらいの気温がいい。 寒くもなく暑くもなく。 あまり汗もかかない。 今週から半袖になったが 毎日、毎日、新品を着ていたのだが この半袖は タンブラー乾燥は出来ないという。 タンブラー乾燥ってなんやろか。 コインランドリーは駄目ということだ。 なんでやろう。 乾燥機が不可なのか。 日光で自然乾燥というが 花粉やらスモッグで 外干しには抵抗があるのだ。 東レに聞いてみたい。 なんで駄目なのか。 |
自分が住んでいるところは 自然というのか、畑や田んぼは ないところである。 田植えの習慣も知らないし 農村の結いやら講やら地域の つながりはまったくない。 もともと日本は農耕を通じて 発展してきた国であるし 瑞穂の国といわれた文化をもつ。 けれども書物を通じて知っているだけだし 農作業をしたこともない。 農業をいまからしようとかいうのは ないけれども 都市に住んでいても ところどころに緑は残っているものだ。 人工的な緑地帯であるとか 昔から残っている緑地を保存している 場所が点在している。 近所を散歩していると こんもりした森が あるものだ。 もしかしたら太古の昔 豪族の墓であったかもしれない。 古墳であるかもしれない。 もともと福岡の歴史的な位置としては 朝鮮半島と陸続きであった際には 農耕文化が伝播してきたというのは 知られた事実である。 ところどころに残っている 緑地帯に入ると 日ごろの都市の喧騒から 離れてゆったりした気分になるものだ。 休日はそういう場所を探して 探検でもしてみようかなと 考えている。 明日はどこに行こうかと 思案中である。 板付遺跡など行ってみるのも いいかもしれない。 |
福岡も足を伸ばせば 静かな緑地帯があるものだ。 霊園があり静かなところである。 夜中は、静まりかえっているだろうから 盗賊や、殺しがあるかもしれない。 展望台から眼下に見る景色は あるふれたものであるが 福岡市が360度見える。 山なみまで家が続いているのは 大阪と同じである。 霊園の中は静かであるけれども 耳の中ではイヤホンで 落語を聴いていたから ぜんぜん寂しくもない。 思わず笑ってしまう 落語を聴いていたから すれ違う人から見れば 薄暗い山道で 笑っているから 妙に思われたかもしれない。 三遊亭王楽。 どんな顔をしているかと ネットで検索したら 落語家というには まだ風貌が違うな。 都会の青年という感じである。 あと30年も過ぎれば お父さんというのか 師匠のように 髪が薄くなるのかいな。 |
街を歩いていると 工事中ですとの看板をよく見るが 工事中の看板の上に解除中ですとの 紙が貼ってある。 工事中の看板を撤去するのが面倒なのだろう。 そういう看板をよく見かけるのだ。 さっさと撤去すればいいのに。 最近はよく歩くようにしているが 歩く時間は朝と夜にわけているが 朝の時間のほうが まだ目が覚めてないという状態なので 急にとっぴな考えが浮かんだりする。 車の通りも少ないし 通りは原発事故の跡の 住民がすべて避難した街を 歩いているように気分である。 歩いていてやたらに バラの花がよく咲いている。 植物はいろいろあるのだろうが 花の名前はバラと チューリップくらいしか 知らない。 これからは紫陽花の季節だろう。 毎日、花屋をのぞいて 花の名前を覚えるか。 国際センターの周りは 柔道選手権のためか 100kgを超えるような 超重量級の選手らしき人を みかけた。 まさに ゴリラというのか 人間の姿をした 獣というのか。 将来は警察に入って 要人警備かな。 |
走ろう、走ろうと思いながら いつも歩いている。 鳥が進化の過程で いつか飛び始めたように 歩いて、歩いて走りこみならぬ 歩きこみを十分にして ある程度、長距離を歩けるようになったときに 走ろうかなと思う。 毎日、毎日歩いてもせいぜい 4kmくらいだ。 朝、夜の二回で一回は30分であるから。 走るとなったら 一回10km走るとして 月に300kmか。 そこまでなるのは たぶん、相当時間がかかるだろう。 猫ひろしなるカンボジア人が 2時間半で走るというのは まあ素人からすれば とんでもない速さである。 まあ走るのはまだ早いし じっくりと歩きこんでからでも 遅くはなかろう。 今の所は一日に4kmくらいか。 それを少しずつ伸ばして負荷を かけていくことだろう。 |