「愛について、慈悲について、信仰について読んだり話たりするのは簡単だ。しかし、それを実際に行い感じるためには、ほとんどの場合、もう一つの意識のレベルに達する必要がある。これは、薬やアルコール、または異常な感情の高まりなどによって引き起こされる一時的な意識状態とは違うものである。もっと恒常的なもので、知識と理解によって到達できる状態なのである。そしてそれは実際の具体的な行為と実行によって実現されるものなのだ。それにはほとんど神秘的な何か(例えば精霊に導かれているという感覚など)が必要であり、日常のレベルのごくあたり前の生活態度にまでもってゆくことが大切である。」 (『前世療法』 ブライアン・L・ワイス著 山川紘矢・亜希子訳 PHP研究所[文庫]刊より) |
『さあ/\年限はさあ/\めん/\これだけ経ったと思わんよう。深きは深きの心の理を定め。………さあ/\一代は一代の苦労を見よ。長々の苦労であった。二代は二代の苦労を見よ。三代はもう何にも難しい事は無いように成るで。なれど人間はどうもならん。その場の楽しみをして、人間というものはどうもならん。楽しみてどうもならん。その場は通る。なれども何にも“こうのう”無くしては、どうもならん事に成りてはどうもならん。………めん/\の勝手心が難しいてならん。何程尽せども果たさにゃならん。』(M22.03.21 おさしづ〔神様のお言葉〕) |
「今まで学んだことをよく考えてみなさい。頭の中ではすでに答えはわかっているけれど、その答えを体験によって具体化する必要がある。概念を感情として味わい、何回も実際に反復練習することによって、潜在意識のレベルに永久にすり込むことがすべての鍵なのだ。日曜学校で教えられたことを暗記するだけでは十分ではない。行動の伴わない口先だけの話は何の価値ももたないのだから。」 (『前世療法』 ブライアン・L・ワイス著 山川紘矢・亜希子訳 PHP研究所[文庫]刊より) |
「このもう一つの意識の状態、つまり、別の価値観の世界に到達するにはどうすればよいだろうか? 一度この状態に達したら、その状態をどのように保ってゆけばよいのだろうか? 答えはとても簡単そうに見える。しかもどの宗教でも同じように言っている。人は死なないということがわかることだ。私達が生きていることは、私達の学びそのものなのである。私達は、今学校で学んでいるのだ。己れの不滅さえ理解できれば、こんなに簡単なことはない。………人の命は永遠であることは、たくさんの証拠もあり、またこの思想は長い歴史を持っている。それなのに、私達人間は、自分自身に対し、なぜこんなにひどいことばかりしてきたのだろうか? 自分が得するために、他人を踏みつけにするようなことを、どうして私達は、やっているのだろう。そんなことをすれば、試験に落ちるだけなのだ。人はそれぞれ、早さは違っていても、結局はみんな同じ場所に行き着くのだ。誰一人として、他の人より偉いということはない。人はみんな平等である。」 (『前世療法』 ブライアン・L・ワイス著 山川紘矢・亜希子訳 PHP研究所[文庫]刊より) |
「幸せはごく普通のことの中にある。考えすぎたり、動きすぎると、幸せはどこかへ行ってしまうのだ。何ごとも度が過ぎると、何が本当に大切なのか、わからなくなってしまう。宗教家達は、幸せは愛に満ちた心と、信心と、希望、そして善行と人に親切にすることによって実現すると説いている。これは、確かな事実である。このような生き方をすれば、バランスと調和は大体は実現することだろう。それがすべてのものと一体化した状態なのだ。今日では、それは、もう一つの意識の状態と言われている。人間が地上で生活している間は、こうした自然の状態にいないかのように見える。愛と慈悲と誠実で自らを満たし、清らかな己れを感じ、病的な恐れを取り去るために、人は、このもう一つの意識に到達することが大切である。」 (『前世療法』 ブライアン・L・ワイス著 山川紘矢・亜希子訳 PHP研究所[文庫]刊より) |
「自然はバランスしている。自然界では、動物は少しずつ殺されてゆく。自然の仕組の中では、決して大量殺りくは行われない。植物は動物に食べられて、再び育つ。栄養素は吸収されてから、また補充される。花を賞で、実を食べ、そして根はそのまま保存される。………人間は、バランスを学ぼうとしなかった。ましてや、それを実行しようともしなかった。こんなやり方では、いつかは自分自身を滅ぼしてしまうだろう。しかし、自然は生き残る。少なくとも、植物は生き残るであろう。」 (『前世療法』 ブライアン・L・ワイス著 山川紘矢・亜希子訳 PHP研究所[文庫]刊より) |
「バランスと調和が、現代は非常に無視されている。この二つは、すべての知恵の基本である。あらゆることが、度を越して行なわれているのが現代の姿である。食べすぎから人々は体重過多になっている。ジョギング愛好家は走りすぎて、自分や他人のことをきちんと見なくなっている。人々はあまりにも品位を失くしている。酒を飲みすぎ、たばこを吸いすぎ、騒ぎすぎ、無意味にしゃべりすぎ、心配しすぎている。何にでも白黒をつけたがりすぎる。オール・オア・ナッシングだ。だがこれは自然のあり方ではない。」 (『前世療法』 ブライアン・L・ワイス著 山川紘矢・亜希子訳 PHP研究所[文庫]刊より) |
ここからは、ワイス博士が夢の中でフィロという講師(指導霊)から受けたとされる講義の内容を書かせていただきます。 「………知恵はごくゆっくりとしか身につかない。なぜならば、短期間に簡単に得られる知的な知識が“感覚的”あるいは潜在意識のレベルでの知識へと変えられなければならないからだ。一度この変化が起これば、この知識は永遠のものとして刻み込まれる。この変化のためには、触媒として行動が必要である。行動がなければ、単なる言葉だけの知識は枯れて色あせてゆく。実際に応用されなければ、理論的知識は何の役にも立たない。」 (『前世療法』 ブライアン・L・ワイス著 山川紘矢・亜希子訳 PHP研究所[文庫]刊より) |
「………気づきの界層と移行の界層があります。人はある人生を終わり、教訓を学び終わると、次の次元すなわち次の人生に進みます。私達は完全に理解しなければなりません。そうでないと次に行くことが許されません。………学び終えていないので、同じところを繰り返さなければならないのです。私達はあらゆる面から体験しなければなりません。欲する側を学び、また与える側を学ばなければならないのです。………学ぶべきことはとてもたくさんあって、多くの精霊達が助けています。だから、私達はここにいるのです。精霊達は、この界層では一体なのです。」 (『前世療法』 ブライアン・L・ワイス著 山川紘矢・亜希子訳 PHP研究所[文庫]刊より) |
「………人は肉体を持った時にだけしかカルマを返すことができない。もし何かがそのカルマを返すことを妨げると、お前は“内省の界層”へ戻らなければならない。そこでカルマを負った相手が会いに来るまで待つことになる。二つの魂が同時期に物質界に戻ることができる時に、お前達は戻ることが許されるのだ。しかし、戻る時期は自分達で決めなければならない。また、カルマを返すためにすべきことも決めて生まれるのだ。お前は他の転生のことは覚えていない。そのレベルでの魂は直前の人生のことしか記憶していないのだ。高いレベルの魂―――すなわち聖人―――のみが、歴史や過去のすべてのできごとを振り返ることができる。人を助け、人としての道について教えるためである。」 (『前世療法』 ブライアン・L・ワイス著 山川紘矢・亜希子訳 PHP研究所[文庫]刊より) |