どうでも良いって思う時があるけれど、 どうでも良いってこと…あるんだろうか? この世の中が不完全だと、そういうこともあるかも知れないけれど 三次元での経験を積むために完全なシステムが出来上がっていると思ったら どうでもいいことなんか、ありはしない。 世界の創造者には、この世のすべてに理由や設定があるに違いない。 そう思ったら、失敗しようが、傷つこうが 経験できる喜びを噛み締めて 生きていくほうがいいんだろうな…。 |
今秋のクレタ島ツアー企画のミーティングがあり、ギリシア大使館とクレタ島の市長?にメッセージを送ることになった。私が英文レターにサインをした。 表に出たくないと思うのだけれど、ツアー実行委員会の委員長になったのだ。 今年は、引き受けるけれど、来年は物作りに専念したいと思う。 いつまで生きているかわからないから.......。 |
波動・波長・仲間・好み・行動範囲…が同じ人がいる。そんな人は出会った時にそう感じ、一度離れてもいつかまた出会う。 若い時には、自分と違うものを持った人に魅かれるものだけれど、年をとると、やはり同じものを持っている人と群れている方が楽なように思えてくる。 そう思える自分が、年をとったと感じる。 |
会いたい人に出会えた時、会えてよかったと素直に言うことのできる自分でありたい。 そんな出会いを重ねたい。 |
いつか、自分が死ぬための薬を手に入れたいと思っている。 それは、遠い先かもしれないし、1年後かもしれないし、ひょっとすると明日事故で死んでしまうかもしれないけれど…、 自分に、その判断ができるうちに手に入れたいと思っている。 動けなくなるまでに、この世での自分に幕を引きたいと思うのだ。 |
私は、“何故今、頑張っているのですか?”と聞かれると“○○さんの夢を実現するお手伝いをしようと自分で決めたから、今の仕事を引き受けた。”と、言うのだけれど… ほとんどの人が、“○○さんの為にやっている。”と理解してしまう。 私にしたら、〇〇さんのためにやっているということと、○○さんの夢を実現するお手伝いをしようと自分で決めた…こととは、全く違う答えだと考えているのだが…。 人が生きる上で、どんなことでも自分が選択していると考えるべきであり、自己責任の観点から他人のために、なにかをするという思いは、避けるべきだと思うのだ。 このことが、どうしても伝わらない。 |
文字の起源は紀元前4000年後半、一般に言われる有史とは2000年~3000年と言われている。それ以前に人類が経験した出来事は記録する術がなく、地質学を通してしか地球規模の地殻変動を知りえない。地形を大きく変えてしまう大地震や巨大隕石の衝突、太陽の光を遮り地球全体の気候を氷河期に変えてしまう火山の噴火、たかだか100年に満たない寿命の今の私には考え及ばない変化がこの地球には起こり得るのだ。 日本でも150年前には、人の首が街頭に晒され己の腸に刀を入れた。私達の言う文明というものが、いかに希薄なものか、明日人類の誰も知らずに此の世がなくなることも無きにしも非ず、我々の文明は地球のほんの薄皮の上に築かれた幻かも知れない。 |
時間’というものは、時計をイメージするように、この世の全てにとって同じ間隔を刻んでいるように思われがちだが、実は明らかに全て違う進み方をしており、条件の変化のなかで一つの個体でも時と場合によって流れの速さが異なっているように思う。 完成させることが目的であるのなら、同じことをするのに一日かかる人と、1年かかる人や、一生かかってもできない人もいるだろうから、それらの人達が同じ時を刻んでいるとは思うには無理がある。 時間というものは、他人との共通認識の概念としてあるだけで、生きた成果を基準とすると所謂同じ年齢であっても300才と10才くらいの開きのある人間がこの世に混在しているように思う。 そう考えるなかで自分の年齢を考えてみると、やはり年相応かなと思うのである。 あまり、難しく考えないほうがいいかもしれない。 |
今日は、車を運転していて、何度も“あなた、轢かれたいの?”と、つぶやいた。 赤信号の横断歩道を堂々と渡っていて、車が近づいて停止したのに見向きもしないし、足取りを速めることもない女性。 運転している私と、目が会っているのに車に向かって歩き始め、横の男性に腕を掴まれ歩道に戻される女性。 渋滞で停止している私の車の前で立ち止まっていた人が、わざわざ車が動き始めてから、私の後ろを渡ろうとしてクラクションを鳴らされる女性。 どうして、自分の命を自分で守れないのだろう? この国から、自己責任という言葉が無くなりつつある恐怖を感じた。 誰かが、“他人を信用してはいけない”という事をもっと教えないといけないと思うのだ。 |
同じ問題が目の前にあって答が必要な時、誰もが同じ答えを選ぶことはなく、時と場合によって自分でも違う答えを選ぶ。選ぶべき答えは、経験の数と経験を活かす能力によって変化する。経験には失敗も大切な要素だから、経験値を高めるには失敗も必要に違いない。この世の中が人と言う物体をとおして経験する場だとすると、失敗も楽しんだほうが良さそうだ。 |