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自然派の気ままに一言

 
2010-01-30

日本人の感覚

カテゴリー: 日記
日本を離れみると、社会習慣、ルールなどの違いに気付くことがある。
普段の生活で当たり前だと思っていたこと、そうでないこと。

アメリカは自由・自己責任を尊重する社会といわれているが、一方マナー、モラル、相手の権利に対してより学ぶべきところが多々ある。
一例を挙げると

 ・酒類の購入-日本のように販売機で売られることなく、スーパーなど        何れの販売店で身分証提示が必要
 ・駐車場-まず障害者用の駐車スペースが多い。空港その他公共の場所
      で車椅子の設置、車椅子に乗った年寄りを見かける。
 ・携帯メール-通話手段として利用するが、メール操作などは街中であ
        まり見かけない。
       (最近、交差点で横断中の若者が下を向いて使用している
        のを良く見かけるがこれは非常に危ない) 

日本の道路その他の場所によくゴミが放置されているが、こうゆうこともない。
アジア周辺では自己中心的な社会・生活習慣が強い気がする。
我先にとか、当たり前のようにしょうがないで済ませる事とか自分の都合で物事を考える

アメリカのニュース番組のインタビューなどでかなりリラックスした態度で会話が進むのをよく目にする。
時々、話題の内容、双方の立場によっては、不謹慎だとか思うこともあるがよくよく考えると、単にかしこまっている方が心にゆとりがないだけのような気がする。
その人が最も話しやすい方法で進めているだけで、こうゆう時はこうゆう態度をしなくてはならないとか、こうあるべきだとか、どうでもいいルールに囚われすぎだと思う。

京都の老舗旅館のある人が、「伝統と伝承とは違う。前者は改善しながら常に変化していくこと。後者は単に伝え守ること。」といっていたよう気がする。
まさにその通りだと思う。

最近、時間の対する意識が少し変わってきた。
時間に管理されているか、時間を管理しているかの違いだ。時間厳守は大事だが、あまりに過剰に意識すると融通が利かない、いらいらしたりしてゆとりがなくなってしまう。

いいアイデアなど浮かぶないし、なによりストレスが溜まってしまう。

こんなことを考えるのは年のせいだろうか。