他人を動かす大きな力を二つあげるとすると・・・“恐怖”と“私利”だと思う。事業で例えると、鬼のような顔を作って“あほ・ボケ・かす!”と、たたみかけて従わせるテクニックと、クールな顔で“君、最近、数字どうなってるの・・・このままだと査定が下がるよ”と言って頑張らせるテクニック・・・などといったところだろう。私の経営していた会社では、そこらへんが中途半端で、私は鬼になれなかったし、クールでもなかった。そんな自分の器が分かったから、現実には、二度と多くの部下を持つようなことはないと思う。仮に自分がもう一度組織のリーダーになるとしたら、徹底してクールに振舞いたい。今では、組織を動かすためにクールであることが、クールに判断できる部下を集め、動かすために必要であり、全体の利益につながると納得している。全てに手を差し伸べる優しさは、自分と部下を、そして組織をも滅ぼすことになるに違いない。他人を動かすもう一つの要素をあげるとすれば、純粋な“愛”だろうか・・・ただ、これはスクリーンでのドラマの組み立て上、重要なファクターに違いないが、現実には、他人の心を震わせ、勇気に満ちた行動を起こさせる“愛”には、なかなかお目にかかれない。世の中は中途半端な愛に満ちている。私も中途半端な“愛”の持ち主かもしれないなぁ・・・ 税金の支払い(法人税:私の会社は10月決算である)のために銀行へ行った。昨年と同じように、信号待ちのため街角で立ち止まると・・・後ろから、募金を呼びかける少女の声が響いていた。小銭入れ(残念ながら札ではない)から硬貨を掴み(幾らかは分からない)募金箱に落とし込んだ。今年も募金できた自分を幸せに思った。 |
2日前に右手薬指の爪が割れて、いろんなところに引っかかるようになり、表面が滑らかになるようにヤスリで研いで凌いでいたが、同じ爪の違うところがまた割れて、とうとう欠けてしまった。そんなことで短く切ってしまったのだが・・・、思ったとおりギターが弾けない。爪が揃っているという前提が崩れると、薬指だけが違う音色を奏ではじめ、なんだか弾いていて気持ちが悪い。どうやら、この数ヶ月間の練習のお陰で、音色の違いはよく分かるようになったようだ。年明け初めてのレッスンで、先生に爪が割れた時の対処方を聞いておこうと思う。例えば瞬間接着剤を付けるとか・・・ もう何年も前、私の従姉妹が、良くないことが起こる前にいつも全ての爪が割れる・・・とか、言っていた。彼女は爪が割れることを悪いジンクスとしていたが、勿論私は全く気にしない。ギターが上手く弾けなくなったことが残念で・・・カルシウムが足らないのかな・・・と思っただけである。それと、もう一つ、ある筈のものが突然無くなると、それまで当たり前だと思っていたリズムが狂ってしまう・・・なんて考えた。今一緒に生活する人とか、そして私の大切な人がいつまでも元気で、幸せであるようにと・・・、大晦日を控え心から願う。 明日は、今年最後の掃除で会社に出るが、今晩からの寒波の影響が気にかかる。大雪になったら町に出れない。すでに今晩、帰宅途中、外気温1度…路肩だけでなく中央に雪の残る山道を通った。明日の冷え込みがニュースほどでないことを祈る。 |
予想通り今朝の冷え込みは厳しかったが、幸い雪は降っていなかったし、家の近くを流れる小川の流れも凍ってはいなかった。しかし、強風のせいで体感温度はことのほか冷えていた。今日は掃除だけの予定で、何も持たずに家を出た。どんより曇った空の下を、凍てついた国道を走り山道に入った。その分岐路から山を越えるまでの間、路面が完全に凍結していて立ち往生した車のスリップ跡がやけに目立っていた。今日は、写真撮影には、不向きだと思い込み例の山には寄らず通り過ぎたが、葉の落ちた木々の間から一瞬垣間見えた空にこれまで見たことの無い山陰が見えたので、思わず車を止めて鞄を探した。しかし今日に限っていつもなら必ず持っているカメラを入れている鞄がない。少し道を下がったところにある誰もいない強風の吹き晒す展望台に登ってみると、紀伊水道を挟む和歌山と四国の山並みが実に綺麗に見渡せた。年末で空気が澄んでいるうえ、強い寒気が地上の不順物を全て吹き飛ばしたためだろうか・・・携帯電話のシャッターを押しながら、“こんなものだ。人生ってこんなものだ。”と呟いた。なにせ鞄を持たずに家を出るのは、今年始めてかも知れないのだから・・・ 自分の記憶に今日の景色をしっかり焼き付けておこうと思った。 凍てた厳しい時にこそ遠い先が見渡せることを肝に銘じておこう。 これで、今年の元旦の夢が一つ叶う。 いつもと同じように地球は音もなく回り続け、いつものように明日がやってくる。 来年の夢は、明日考えることにしよう。 感謝… |
先日、ギター教室へ行くと、他に誰もいない教室で、先生が下を向いたまま話し始めた。その内容の重たさに私は一瞬耳を疑った。よくある話なのかもしれないが、先生と生徒の男と女の話・・・。なんで私に打ち明けるんですかー、と心のなかで叫びながら時間が過ぎていった。この話、現在進行中で、私は先生の奥さんも、生徒である彼女も、彼女のご主人にも面識がある。この場合私は、誰の側にも立たないのが賢明だと思うから、対岸の火事…くらいに思っておいたほうがよさそうだ。先生が私に話した理由は今でもはっきりとは分からない。ただ言えることは私になにか相談したかった訳ではなく、味方になってほしかった訳ではなく、ただ否定的な回答をしない懐の深そうな人間に話してみたかったのだろう。私は先生に「信用していただいて有難うございます。」と言ってから、驚いていない振りをしながら驚きを伝えた。 さて先ほど、このことをある友人に話してみた。勿論登場人物は少し脚色して・・・詳しい内容には触れずに突然の告白ということだけ話をした。すると彼女は、「人から秘密を打ち明けられれば、そのぶん自分が大きくなるのよ!」と言った。私は素直に、自分が成長した・・・と思った。 |
昨日、facebookとやらに登録した。しかしながら、アナログ人間の私には、登録した後次になにをすれば良いかが分からない。知人の大学教授にメールで問い合わせると、しばらくして教授から友人のお誘いが来た。私は“友人”の必要性をあまり感じず普段生活しているものだから、簡単に友人のお誘いを受けることに少し抵抗を感じながら承諾した。教授のページには、「先ほどから泡盛を飲み始めた。」とあった。私は、お誘いの御礼も込めて、コメントしておいた。「有難うございました。私は今日で18日間家で夜は禁酒中です。」と送った。すぐにコメントが返ってきて・・・「夜だけですか?」とあった。教授はなかなか鋭い!!! 確かに私は、この間、昼に飲んだことはあるし、家以外では数回飲んでいる。なかなかいい突っ込みだ。教授だけのことはある。私は、今まで一年のうち340日くらいは酒が入る生活をしている。このたびの家での夜の禁酒で、自分自身がアディクティド ドランカーでないことが証明された。素晴らしい!! いまさら何故私が酒を飲まない日をつくっているか…って? それはね、恋してるからのダイエット・・・ ハッハッ 嘘・・・ これからするところ。 皆さん 飲みすぎには注意ね・・・ |
今年になって、自分のルーツを探りはじめた。2月の中旬、例の我が町の歴史研究家に、居留地研究に長崎に行かないかと誘われたことに始まる。居留地の件以外に、私の曽祖父が、長崎でボードウィンというオランダ人医師から医学を学んだと亡き父に聞かされていたこともあり、その痕跡が残っているかどうか確かめるため、軽い気持ちで同行した。長崎文書館で出会った‘長崎遊学者事典’なる書物…、そのなかに曽祖父の名前を見つけ、ルーツ発掘ゲームに、はまってしまう。今月はじめには、曽祖父が居を構えていた徳島に出向き文書館で参考文献を閲覧した。昨日、その際コピーして帰った資料を整理していて、1500年代(戦国時代)までルーツをたどることができた。まさにNHKの大河ドラマ《江》(テレビ見ない人には分らないと思うけれど…)の前回と次回くらいの時代設定かしら…。次回の《江》も、見なくっちゃー。 正直なところ私は研究家ではないし、ルーツ探しもこのあたりで止めにしようと思う。歴史研究というものは、やりはじめたら切りが無い。私を、これまで動かした力はなにか考えてみた。きっと自分が誰かを知ることが、私のこれからの人生の、とても大切な設定条件に違いない。自分の姓がなにものであるかを認識して、生きていかねばならない人生に向かうに違いない。 意味のない誘いはない… 意味の無い苦しみもない… 意味のない出会いもない… 長崎に誘ってくれた研究家に感謝する。 |
今日は、新しいメガネが出来上がったと連絡が入り、引き取りに行った。昨年夏にもとめたメガネは、それまでよくかけていた、チョイ悪おやじ (リバーシブル?)風から、180度イメージチェンジを狙って、賢そうに見えるように…と、シンプルな太めの黒縁フレームにしたが、今回は、理知的かつ遊び心を表現したく思い、黒い金属の丸レンズフレームにサイドは黒のプラスティックというデザインにしてみた。私の場合、自分の気持ちの変化が、直に肌につけるメガネの志向に現れるように思う。今は、精神的にも肉体的にもバランスが取れているが、うまく納得できるメガネを手に入れることができた。私の場合、口の周囲の髭とメガネが、自分のイメージを表現する大きなツールである。髭は、毎朝手入れしており、毎日微妙に変化させているが、その変化は誰も気がついていないかも知れない。自分が思うほど周囲は他人の髭のことを真剣に見ていないに違いない。それに比べると、メガネの変化はわりと敏感に気づいてくれる。しばらくは新しいイメージの自分を楽しもう…。 新しいメガネをかけてギターの教室に出かけた。レッスンを終え戻ってみるとメガネが見当たらない。ギター教室に電話してみると案の定、譜面立ての上に置きっぱなし…、まだ馴染んでなくて気がつかないうちに外してしまったようである。そして、新しいメガネは譜面台の一部に似ている…、私の次に席についたおじさんも、その次に習ったおばさんも気がつかなかったらしい。 ともかく、私の手元に無事戻ってきた。有難うございます。明日から、もっと愛情を込めて新しいメガネと付き合いたいと思う。 |
今日は、仕事場の前の道を花で飾るイベントの一日目…午前中は、他のボランティアの人達に混じり、床にしゃがみこんで花びらを道に飾った。祭りには、いろいろな人がやてくる。パン屋の主人と二人で、道路に特別に作られた席(今日は車がシャットアウトされている)でワインを飲みながら(私はマダムのところのバラジュース)世間話をしていると、目の前をいろんな人が通って行った…。ブティックで買物を済ませた神社の奥さん・ボーカリストのヨガの先生・ブライダルの会社の社長・老舗レストランの若い女性オーナー・大学の学長と副学長・昨年のこの日共に過ごした人・バンドネオンを抱えたミュージシャン・ピエロ等々…。この町は、コスモポリタンの香りたち、いつものようにとりとめなく、不快でないエロティシズムに満ちていた。 夕方、近くのマンションで、ガーデニングの先生の事務所開きがありワインを持って訪ねた。ご主人がイギリス人という欧米感覚の先生だから、まるで映画のなかのホームパーティーのよう… 家への帰り道、(もちろん酒を飲まずに)車でギターの先生に最終確認用のプログラムのデザインを持っていった。先生は、名曲を小節を一切無視したオリジナルの楽譜に書き換えることに精を出していた。 おもしろい町だ。私はこの町が好きだ。 |
いろいろ経験してきて今の年齢になって、たいていのことは想定内で対処できるけれど、いまだに“人の心のなかは分からない。”まるでACの広告みたいだけれど・・・今日も、ある人との会話のなかで想定外のキャンセルがあり涙が出るほど大笑いした。自分では悲しくて涙を流しているつもりはないけれど、予想を越えた相手の反応を前に、照れ隠しで大笑いしている自分が切なくて目元が湿る。髭生やしたええおっさんが情けない・・・と自分で思うのだが、この手の感情は若いときからずっと自分自身でコントロールできない。だからまだまだ自分は若い・・・と、無理やり落ちをつける。いつまでたっても人生、勉強!と・・・思うけれど、だけど、つらいなぁー。 まだまだ打たれ弱いなぁー。 今日も少し強くなれたかなぁー・・・ |
今年に入って、自分のルーツに興味をもち、徳島の文書館まで行って調べるうちに鉄砲伝来(西暦1543?)前後までさかのぼって、ボーッと自分がなにものか分かってきた。この辺りで一旦休んでいつかまた機会があれば、いつかまた調べようと区切りをつけようと思っていたら、さきほど突然訪ねてきた代々能面師の家系の人が私の姓の由来が平安時代まで書物に残る・・・と、断言して帰っていった。私の姓は大きな港という意味をもつので、てっきり徳島の小松島の近くで水軍として働いていた時期に授かったものと考えていたが、その人の話によると丹波から奈良・・・そして平安時代にまでいたる。これを真剣に調べていたら、かなりの労力と時間がかかるだろうが・・・だがいずれは知らなければならないことに違いない。自分に必要なものが自然に目の前に現れるという経験は、誰しも持っていると思うけれど、自分のものにするためには、心の余裕が必要だと思う。幸い今の私の心中は安定しており必要なものを吸収できる環境にある。せっかく私のルーツを語る人に今日出会うことができたのだから、引き続いてもう少し調べてみることにしよう。実は、その能面師一族の人は、3年ほど前に同じことを私に語っていた。しかしその時には私には自分のルーツに対する興味がなかった。こんな感じで自分に必要なものは、常に目の前の川を流れていて、機が熟して自分が手を伸ばす必要が生じ、はじめてつかみとろうとするだろう。ささやかな気持ちの変化であるが・・・これからいつでも手を伸ばせるように構えて人生を歩んでみたい・・・と思う。 |