旅は終盤となり、その夜ベルリンを後にする。
ベルリンを出て南部の都市で1泊する。途中、列車で同席した学生と話をした。前日のことを話し、ベルリンの壁の欠片見せた。「なんでそんなものを」といた感じで大笑いしていた。(たかが石を大切に包んで持っていたのに違和感を感じたのか?)
ドイツともお別れだ。帰国のため寝台列車で一路、フランスを目指す。
4人用の寝台で身支度をしていると、同じ座席にもう一人やってきた。チケットを確認すると、チケット日付が1日ずれているのに気付く。
そこでまずフランス人車掌がやってきた。(列車にはフランス及びドイツ両国の車掌が乗車している) 事情を説明するも通じないし、融通が利かない。チケットは無効だという。チケットをその場で買い直すといっても受け付けない。同室のフランス人の乗客がこれを見かねて事情を説明してくれた。依然、認められないの一点張りだ。そこへ、助け舟ならぬドイツ人車掌がきた。再度、事情を説明してもらう。あっさり「まあ、いいじゃないか」を言って、フランス人車掌を説得してくれ、事なきを得た。
ここでフランス人とドイツ人について短期間ながら簡単な印象を
ドイツ人は比較的愛想が良く、好意的だ。ホテルは飛込みだったが何れも対応してくれた。
また、飲食店でも気さくに挨拶をしてくれる。自分のつたない英語に快く接してくれる。総じて親切だ。
フランス人(パリ周辺)は、先の車掌のように素っ気無い人が多い。ホテルの予約などは苦労した。(なかには黄色人種に対する偏見の類も) 自尊心が高く、英語に対しての抵抗もある。もちろん先程の親切なフランス人など、一概には言えないが、ただ、こういった人が多いのも事実だろう。
ともあれ無事フランスに戻れたのも、親切なフランス人と理解あるドイツ人車掌のおかげで感謝。パリ到着後、親切なフランス人に再度お礼を言った。(気にすんな。たいしたことじゃない。というような表情をして向こうに消えていった。)
この騒動の中、気になったのが、同乗していた国籍不明の集団だ。この騒動のちょっと前通路の入り口付近でなにやら車掌と揉めていた。明らかにアジア系の言葉だが何処か分からない。彼らは車掌に「日本国」と表記されたパスポート(偽造)を人数分、提示していた。(話がややこしくなったのは彼らの行動によるところなのか?まさか車掌は見分けが
つかないだろう。)
帰国前日。
せっかくなので周辺の観光名所だけは廻ろうと、まず、ルーブル美術館に急ぐ。近くまで来て、それらしき建物に入った。ショーケースの中の芸術品をしばし熟思黙想。
何か違和感がある。美術品に違いないが、小ぶりなものばかりが所狭しと置いてある。(美術商街を勝手に勘違いしていただけだった。)
ようやく広場の中にあるピラミッド型の入り口から入場。(今度は間違いない。ただ、受付が「いらっしゃいませ」とは残念だったが。)
貴重な写真が3枚残っていたので公開する。
順番にサマトラケのニケ、ミロのビーナス、ダビンチのモナリザ。
その後は定番のエッフェル塔、凱旋門・・・・・など巡る。
最後に当時の現地ガイドがあったので。(右上の方がベルリン、黄色部が西ドイツ)
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