幼い頃は自分のことが大嫌いだった。
なぜ自分が自分自身なんだろう。
器(容姿)だけでもかっこいい理想の人と入れ替わりたかった。
ずっと考えていた。
自分がなぜ生まれたんだろう?
なぜ存在するんだろう?
幼少期よくこんな事を考えていた。
その時、好きな自分を想像した。
少しでも理想に近づけるように出来ることから少しずつ訓練していった。
少しずつ出来るようになって少しずつ自分のことが好きになった。
好きになってからは幼少の頃に悩んでいたことも忘れていた。
今人生半ばふと考えた。
なぜ自分がこの世に存在するんだろう?
1年位前にマトリッックスの3部作を見た。
それをみてこの世に生まれて存在する意味は自分にしか出来ない大儀(自分にしか出来ない役割)があるのかなと。
それを模索していくのが生きる意味じゃないかと。
今思うのは、大儀とかそんな大げさなものではなく、
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生きる意味。
自身が生存、存在する意味。
ぼくが考えるのは
人は自然の一部です。
植物も動物も水も空気も地球上の全てのものが関連しあって存在しています。
個人も地球のバランスの一つであってかけがえの無い存在です。
自身がもし無くなってもきっと同じ役割の固体が生まれてくるでしょう。
ぼくはは地球のバランスの中の一つであって大切な存在です。
だからぼくはぼくでいいんです。
自分の個性を素直に出せることがぼくが生存する意味じゃないかと。
それが共存していく全ての万物が相互関係しながら素適な循環が生まれていくことじゃないかと。
わがままではなく素直な気持ちを出せるように日々人生勉強中です。
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