今日は昼ごろまでお日様もよく照って春の到来を感じさせる穏やかな日でしたね。 私立、国立の大学受験も終わり、今までの精神的抑圧からも解放され、 入学金や授業料を納めて4月からの新しい一歩を祝福するかのような いい天気だった。 午前中まででしたが。 僕らの時代は併願で入学しないところから現在のように入学金や 授業料の返還は無く、京大・阪大・神戸大(当時あった教育学部を除く) を受験する家庭は結構な額の「無駄金」を収めたところも多い。 阪大と早稲田、慶応合格なら阪大を優先する受験生は今でも 多いと思うけど、 神戸大学(法・経・営)と早稲田、慶応なら金銭事情が許すなら、 まず早稲田や慶応に行くみたいですね、現在は。 でも、当時のほとんどは早稲田、慶応より神戸大学に行く受験生が多かったと思う。 (もちろん、早稲田の政治経済や法学部、慶応の経済なら当時でも そちらを優先する傾向はあったけど。) 阪大・神戸大を受験する人は、関学、同志社、慶応、早稲田を 併願するパターンが多かったから、 関学に合格して入学金を払い、慶応に合格すれば慶応に入学金を払い・・・ でなんとか済むものが、慶応不合格なら、この時点でまだ同志社の合格 がわからないために、関学の授業料の納付期限の関係で関学の授業料を 納めて、 同志社合格、早稲田合格なら、同志社にも入学金払い、早稲田にも 入学金払い、最後の阪大や神戸大合格で入学金と授業料を払い・・・ やっと晴れて大学生になりました・・・・・みたいな。 ちょっとあやふやですが、こんな感じだったと思う・・・ 今、考えてみても、受験~入学するまでに ほんまにお金がかかってるよなぁ~。 早稲田、慶応と同等な私学が関西にもあって欲しいと思ったのは、 受験生だけでは無かったと思う。 当時、阪大・神戸大が狙える学生は、早稲田、慶応、上智なら 国立落ちでも胸が張れたが、関関同立だと合格しても浪人や、 とりあえず入学だけして予備校に通って再度チャレンジする学生も多かった。 この辺の感覚って、関東方面なら、早稲田、慶応に充分合格できる学力の人が 早稲田、慶応不合格で明治、立教に合格でも浪人して再度早稲田、慶応を目指すのと同じかも? 僕が小学校の頃によくいろんなところから聞かされた 「貧乏人でも、よう勉強したらええ大学に入れる。 学力は貧乏、金持ち関係なし」ってのは・・・・ やっぱり綺麗事のようで、単純に受験だけみても 確実性をとって併願校を増やして受験する場合は、 そこそこお金が無いと難しかったような気がします。 逆に、併願校を切り詰めて受験する場合の受験生の 精神的圧迫感はとんでもないほど厳しいもんです。 受験生さんお疲れ様。親御さんもご苦労さまです。 |