品質が良くて丈夫。しかも価格に関係なくそれぞれの価格帯で高性能。 ものづくりニッポンの製品だ。そこそこの耐久性と精度の高い部品を使用して 大量生産でコストを下げ、それなりの製品が出来あがる。 部品に関しては、自社生産と外注(下請け)とに分かれる。 とくに外注品には、徹底した単価切り下げが求められる。 いわゆる大企業における下請け泣かせだ。 ひとつの製品が出来るまでに何分かかるか?それによって一日の生産数が 決まってくるので、製造ラインの配置、組み立て方、検査の方法など稼働率80% 以上を目指して徹底した効率化が求められる。 ラインのどこかでトロトロ作業してしまうと、そこで組み立て途中の製品(通称ワークと呼ぶ)が 止まってしまうので、作業者みんなが後工程に迷惑をかけないように自分のところの工程は 必死で作業する。 熟練工に成れば成るほど1つの工程が複雑になるが、慣れてくるとそれも不思議なもので 質量転換の法則というか、生産ラインの工程上の計算ではそれほど余裕が無いサイクルタイム にもかかわらず時間が余るようになってくる。 このとき、人間の順応に対する能力はすばらしい!と誰もが感激するみたいだ。 ○○電器(電機)の製品をこんなに短時間でこの工程を作業できるのは俺だけだ! ・・・みたいな。 しかし、企業も馬鹿じゃない。計算上のサイクルタイムでは余裕があると見ると、 もっと時間を縮めて生産数を増やそうとする。まさに、いたちごっこ。 行き着くところは、作業者の体力の限界まで。 「あぁ~野麦峠」は大正の昔話ではなく、大量消費が続く資本主義が崩壊しない間は 現在もそしてまだこの先も続くのだ。 稼働率において、組み立てライン工程で問題がない場合は「作業者の熟練」という努力で 解決できるが、加工機や部品の精度不良で組み立てや、性能に問題があった場合は どうしようもない。 ラインが止まると生産数が落ちる。生産数が落ちると、月産計画を修正しないといけない。 修正すると納期が遅れ、上から文句がでたり、様々な問題がおこる。仕方なしに少々の 寸法不良や検査ギリギリの性能なら、「とくさいひん」として製造して出荷してしまう。 大量生産品には、そう言うことがつき物だ。 よく言われる「当たり外れ」がこれだろう。 今、問題になってる自動車メーカーも「とくさいひん」として出荷はしていないだろうけど、 ここでは内容は話せないが、作業者に事情を聞くと、よくまぁ~そんなんで今まで 欠陥車両が続出しなかったのが不思議なくらい。さすが世界の・・・だ。人間の管理の仕方と 製品の管理、検査の工程がよほど抜群だったのだろう・・・と感心してしまう。 (もちろん、それ以外に力関係もあったでしょうが) それに比べ旧財閥系の自動車メーカーは20数年間も欠陥が出続けているのを 知りながら隠して出荷(販売)し続け、人身事故も多数起している。 ある雑誌には、これだけの欠陥車を世に出しながら、会社自体が存続できるのは おそらく日本だけだろうって記事もあった。 製造業の現場で直接労働する作業者は正社員(高卒)、期間社員、派遣社員関係なく 時間に追われ、良品生産数に追われ、問題が起こればすぐに改善。効率や品質向上を求めて 提案やQC活動・・・ それでも、不景気になると、リストラ、配置転換、契約更新打ち切り・・・ こう言う現状だ。 そこまでいじめられても製造業にしがみ付くしか方法のない人は多い。 結局、学なし、自らお金を稼ぐ手段なし、親の資産なしの、いわゆる経済弱者は・・・・ いじめられるしかないのだ。 学なくして労働している世のお父さん、お母さんたちは必死でがんばってるんですよ。 これからも定年までそう言う報われない生活がずぅ~っと続く・・・ でも、そんな姿見て、子供が将来を明るくなんて見れないよね。 そうは言っても、そんな家庭に生まれた以上、スカ引いたと思って そこは気持ち切り替えて生きていかなきゃならない。 生まれる前から親を選択することはできないのだから・・・・・ バブル絶頂期は豊かな国といわれたけど、 こんな労働や家庭も日本製の特徴だ。 |